募る想いは果てしなく
「おい、鍵出せ」
「……あ? 鍵?」
「七瀬の部屋の鍵だ。お前、七瀬に隠れて合鍵作っただろ」
「……何の話だ」
必死に平然を装っているけれど、目が完全に泳いでいる。
「どうやって七瀬の目を盗んで複製したのかは知らないけど、お前がいつ、どこで合鍵を作ったのかは調べがついてる。証拠残しすぎなんだよ」
その証拠のひとつが名刺だ。例のカッター入り封筒を渡す際に、この男は名刺も一緒にスタッフに渡している。もちろん職種も所属部署もご丁寧に記載済み。だから勤務先を探すのは簡単だった。
ただ住所の特定となると難しい。個人情報になるからだ。けれど幸か不幸か、この男は敵を作り過ぎた。
「お前、職場で何かやらかしたのか? 部署の人間がお前のことを色々教えてくれたけど。悪い噂から余計なことまで色々と」
「なッ……!」
図星を突かれ、カッと顔を赤く染める。周囲に敵を作り、職場で孤立しているのが青木の現状だ。ちなみに職場にも素性は隠していた。
「人を陥れるならもう少し頭を使え。もし七瀬に訴えられていたら一発アウトだぞ」
「そ、そんなの、警察は無意味だって言っただろ!? 俺は、」
「あのな」
明らかに動揺しまくっている青木は、しどろもどりになりながら反論しようとするけれど。
男の言い訳を遮って、俺は最後の止めを刺す。
「警察は黙らせることができても、お前らの権力に動じない連中もいるんだよ。例えば――週刊誌にネタを売れば、あいつらは大喜びで食いつくぞ。さぞ金になるだろうな、政治家一族の不祥事スキャンダルは」
青木の顔色がみるみるうちに青ざめていく。怒りよりも怯えの色が濃く出ている。ぎりっと下唇を噛み締めて、俺を睨みつけている青木の姿は、まるで親に叱られて拗ねている子供のようにも見えた。
訴えたところで事件は揉み消されるかもしれないが、それよりも悪どいやり方がある。それは恐らくこの男が、そして青木新一が一番恐れていること。自身のスキャンダルが世間に明るみに出ることだ。
大物政治家による隠蔽行為。
息子がしでかした不祥事の数々。
週刊誌の記事を彩るには最高のネタだろう。
実際には、ネタを週刊誌に売るつもりはない。そんなことをすれば、今度は七瀬が週刊誌の連中に追われる羽目になりかねない。青木の家族や、他の被害者、彼らにまで迷惑をかけてしまう。それは俺も、七瀬自身も意図としない事だ。
あくまでもこれは脅し。
それでも、実は小心者で気が小さい青木にとっては衝撃が大きいはず。これ以上の抑止力はないだろう。
「法が裁いてくれないなら、他のやり方でやるしかない。俺は七瀬みたいに優しくないから、生温いやり方は選ばない。やるなら徹底的にやらせてもらう。それが嫌なら鍵を渡せ。代わりにコレ返してやるから」
コートのポケットに手を突っ込む。そして、"ある物"を取り出した。
アスファルトに放り投げれば、それを見た青木の表情が一瞬にして凍りつく。
「……人の車にこんなモンつけやがって」
それは小型のGPS発信器。知らないうちに取り付けられていた。もちろん俺や七瀬がつけたものじゃない。すぐに青木の仕業だと気づいた。
恐らく青木は全部知っていた。七瀬が俺のところに居候していることも。俺が住んでいるマンションがどこにあるのかも。もしかしたら部屋番号まで。
そう考えるとホラーだが、七瀬が1人で部屋にいる時に青木が乗り込んでくることがなかったのは、運が良かったと言える。
あのマンションはセキュリティが高い。共用スペースには数台の防犯カメラ、各所に防犯センサー、そしてエントランスには24時間、警備員が常駐している。
七瀬の居場所を突き止めたところで、マンションのICカードを持っていない青木が出入りすることは叶わないんだ。
「ちなみに購入先も把握してる。店の駐車場の防犯カメラにも、お前が俺の車にGPSを設置している姿が映ってた。言い逃れできないからな」
「……っ」
「鍵を渡せ。何度も言わせんな」
気が小さいこの男のことだ。大事な合鍵を肌身離さず持ち歩いているはずだ。そう確信して尋ねれば、青木は乱暴にポケットへと手を突っ込み、小さな金属片を取りだした。
アスファルトの上に叩きつけられたそれを拾い上げて確認する。
……間違いない。あの部屋のディンプルキーと同じ型だ。
「複製した鍵はこれだけか?」
「それだけだッ! しつけぇんだよお前は!!」
もう冷静さを保つことすら難しいのか。狂ったように怒り叫ぶ。その怒声に、周囲が何事だと目を向けてきた。
好奇の視線に晒されて嫌な気分だが、コイツにはもうひとつ、問い詰めないといけないことがある。それこそが、七瀬に聞かせたくない話のひとつ。
「青木」
「なんだよ!?」
「お前さ、七瀬の部屋に盗聴器仕掛けたか?」
「……は、はぁっ? なんだよそれ知らねぇよ」
あからさまに狼狽している。
本当に分かりやすい。
ここまで露骨な反応を見せたら、認めたも同然だ。
「マンションの防犯カメラに映ってたけど。七瀬不在の部屋にお前が出入りしてるところ」
告げた途端、さあっと青木は青ざめた。青くなったり怒りで真っ赤になったり忙しいな。リトマス試験紙かよ。
「そ、んなわけ……、あのマンションにカメラは設置してな、」
「ああ、やっぱりお前だったのか」
「!? ……なっ、カマかけたのかよ!?」
「盗聴器だけは、仕掛けたのがお前だって証拠を掴めなかったんだよ。馬鹿正直に白状してくれてありがとな」
恐らく、車用のGPSは実店舗で購入した物。盗聴器はネットで購入したものなんだろう。入手先がネット経由だと、さすがに購入先までは辿れなかった。
にしても、このご時勢に防犯カメラを設置していないマンションというのも、いささか問題があるような気はするが。
「……なんで」
「なんで俺が、盗聴器の存在に気づいたのか知りたいか?」
「別にっ……」
「……確信はなかったけどな」
別に推理ってほどでもない。疑い始めたのも少し前のことだ。青木から怒涛の嫌がらせメールがきていることを七瀬が教えてくれた時、彼女が放った一言に違和感を覚えただけで。
『早坂に電話をしたせいで、早坂の存在が青木に知られた』
それは多分。
俺だけしか気付けない違和感。
「確認したいんだけど」
「あ?」
「お前が七瀬に手をあげた時、七瀬が俺に電話したらしい。覚えてるか?」
そう。七瀬が俺にLINE通話しようとして、それに気付いた青木が、一方的に通話を切った。七瀬からはそう聞いた。
「……俺と話してる時に、別の男に連絡しようとした遥が悪い」
「へえ。お前、よくわかったな」
「何が」
「俺が男だってよくわかったな、って」
「……何言ってんだお前」
回りくどい言い方をしているせいだろう。青木の苛立ちが目に見えてわかる。
「七瀬が俺に電話して、お前がスマホを取り上げて通話を切った。てことは、画面に俺の名前が表示されていたはずだ。お前も見たよな?」
「さっきから何が言いたいんだよ?」
「俺の下の名前、一沙って書くんだけど。女っぽい名前だろ。俺の事を知らない奴が俺の名前を見たら、女だと勘違いするんだよな」
「……」
「だから不思議に思ったんだ。お前は俺の名前を見て、男だと確信してたみたいだから」
七瀬の交友関係は青木も把握してるだろう。彼女に男友達がほぼ皆無だって事も。
あの時、咄嗟に電話した相手がいたとしたら、七瀬の場合、同性の可能性が高い。もし青木が俺の存在を知らなければ、画面に表示された俺の名前を見た時、女友達だと判断するんじゃないか。
でも青木は男だと気付いてた。
いや、知っていた――のかもしれない。
俺達が把握している時期よりもずっと以前から、青木は俺の存在を知っていたんじゃないか。
そう思った時、盗聴器の有無を疑った。
隠れて合鍵を作り、人の車にGPSを取り付ける奴だ。盗聴器を仕掛けることなど造作もない。
ただ、確信はなかった。確信というにはあまりにも薄っぺらい根拠。もしかしたら、程度にしか考えてなかった。
念の為に、と業者に確認してもらわなければ、今でも迷っていたかもしれない。
「……まあそんなとこ。カマかけてみたら見事に引っ掛かってくれて助かったよ」
「……何なんだよお前。マジでウザい」
「そりゃどーも。盗聴器もそのうち撤去しとくわ」
本当はすぐに取り外したいところだが、その場合、七瀬から鍵を借りなくてはならない。
盗聴器が仕掛けられていると伝えれば承諾してくれるだろうが、そして本来は伝えるべきなんだろうが、俺はずっと伝えられずにいた。
そして、今後も伝えるつもりはない。
「……盗聴器のこと、七瀬には言わないでおく。さすがに言いたくない。好きだった男から、交際中も別れた後も四六時中盗聴されてたなんて、こんな胸糞悪い話あるかよ」
「……」
「二度と七瀬の前に現れないって、お前の口から直接言え。あと俺の前にも、俺らの店先にも現れないと――あ、ちょっと待て。念のために録音するから」
「もう現れねえよっ! それでいいだろうがッ!!」
俺がスマホを取り出すよりも先に、吐き捨てるような青木の罵声が周囲に響く。
望んでいた決別の言葉を前に、俺はもう一度、この男に宣告することにした。
「……お前が七瀬にしたこと、俺は一生許すつもりないからな。また何かしようものなら、今度は容赦しないから。覚えとけよ」
「うっせぇな! マジでしつけぇ、もう関わらねぇよ、あんなめんどくせー女っ!!」
青木はそれだけ言い残して踵を返す。足音を派手に踏み鳴らしながら、この場を立ち去っていく。
静寂が訪れ、残されたのは黒い物体。
アスファルトに放置されたままのGPSを拾い上げれば、機器には小さな亀裂が走っていた。壊れてしまったかもしれない。
が、もう必要のないものだから問題ない。
「廃棄しとくか。……あー、疲れた」
言葉にすると、どっと疲労感が押し寄せてくる。もう二度とこんな修羅場はごめんだ。これから先の人生は穏やかに生きたい。
時間はすでに23時。明日も俺達は通常勤務だ。さっさと七瀬を連れてマンションに帰りたいところだが、彼女も今は冷静な状態ではないだろう。あんなに平和的な解決を望んでいたのに、結局、後味の悪い結果で終わらせてしまった。
青木のことをひたすら想い続けた4年間。たとえ騙されていたとしても、七瀬にとっては大切な4年間だったことには変わりない。平和的な解決を望んでいたのも、大切な思い出に泥を塗りたくなかったのだと思う。
気持ちはわかる。今は悲しみに暮れているだろう。でも乗り越えないと前に進めない。七瀬も、そして青木も。
「……馬鹿な男だな」
哀れな奴だ。取るに足らないプライドのせいで、大切な人まで失ってしまった。
七瀬を大事に想っていたはずなのに、その想いを否定してまでアイツが守りたかったものは、七瀬を傷付けてまで守る価値のあるものだったのか。問いただしたくても、肝心の本人はすでに立ち去った後だ。
まあ、今回のことで痛い目をみたんだ。少しは更正してくれるといいんだけど。こればかりは俺が関与できる話じゃない。
本当に――要らんプライドなんて持つものじゃない。
くだらないプライドも、人一倍強いプライドも、どれも全部、単なるエゴでしかないのだから。