背中の距離

 耐えきれなくなった日奈子が声を震わせた。
 その緊張を、陸は敏感に感じ取る。
 が、離れるどころか微かに含み笑いのような気配すら漂わせる。
 耳朶ぎりぎりの距離で陸が囁いた。

「……昨日は自分から来たくせに」

 覚えていない記憶が杭のように日奈子を貫く。
 余計に追いつめられた日奈子が墓穴を掘るような質問をしてしまう。

「き、昨日って……私、何したの……。あ、いや……やっぱり言わなくていい……」

 自分で口にしておいて、慌てて訂正する。
 その様子が滑稽で愛おしいのか、陸の微かな笑い声が暗闇を震わせた。

 しかし、言われた通りに引き下がる陸ではない。
 逞しい両腕が日奈子の腰へ伸び、お腹の前でがっちりと組まれる。
 背中に感じるのは、男らしい硬さと、容赦なく押し付けられる熱い胸板。
 ぎゅっと後ろから抱き竦められた格好で、逃げ道が完全に封じられてしまった。

 陸が小さく呼吸をするたび、その胸の動きがダイレクトに背中に伝わり、日奈子の肌を粟立たせる。
 日奈子の耳元に唇を寄せたまま、わざと間を置いてから囁く。

「……俺の上に跨って、自分から――」

 言葉がぷつりと途切れる。
 言わなくても想像させることが目的のように。
 代わりに日奈子の耳朶を、そっと唇で挟んだ。
 続きを言わないことで、なおさら昨夜の情景を蘇らせようとする。
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