背中の距離

「……寝床」

 陸が突然切り出した。
 彼はまだ髪を拭き続けている。

「あ、うん。どうしようか」

 日奈子が内心焦りながら答えた。

「客人用のお布団はあるけど、陸は今日、ずっと運転してたから……疲れてるよね?」
「……」
「ベッド、使ってもいいよ。私はお布団でもソファーでも大丈夫だから」
「……」
「あ、遠慮とかしないでね。私、どこでも寝れ――」
「布団はいらない」

 沈黙を埋めようと早口になりかける日奈子を制するように、陸の声が頭上から落ちてきた。
 タオル越しに指先が後頭部を這う。
 くすぐったいような、ざわりと皮膚が粟立つような感覚に襲われ、日奈子は言葉を止めた。

「ベッドでいい。一緒に」
「……え」

 それは、心のどこかで予想していた返答ではあったけれど、あえて日奈子が避けようとしていた展開でもあった。

 驚愕の声が漏れる間もなく、陸の手が日奈子の肩を掴む。
 身体をくるりと反転させられ、互いに向き合う姿勢になった。
 間近に迫る陸の眼差しに、呼吸すら忘れかける。
 陸の人差し指と親指が、そっと日奈子の顎を捉えた。
 そっと上を向かされる。

「……昨夜のこと、忘れた?」

 低く掠れた声が鼓膜を震わせる。
 酔いと快楽の渦の中の、断片的な記憶。
 羞恥で身体が熱くなる。
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