背中の距離

 浴室のドアが静かに開く。
 火照った肌から湯気を纏った日奈子が戻ってきた。
 まだしっとりとした髪が頬に張り付き、化粧っけのない素顔が妙に色っぽい。
 そのままキッチンへと向かい、コップにミネラルウォーターを注ぎ、ごくりと飲み干している。

 ふいに気配を感じ、日奈子は後ろを振り返った。
 陸がすぐ隣まで来ている。
 水の冷たさよりも先に、心臓が凍りつくような緊張が走った。

「髪……まだ濡れてる」

 陸の視線が、日奈子の露わになった首筋へ落ちる。
 タオルで雑に拭っただけの毛先から、雫が一つ、鎖骨のくぼみに吸い込まれていく。
 気恥ずかしさを感じて、日奈子は手元のコップに視線を落とした。
 互いに並んで立つと、身長差が余計に際立つ。

「うん……まだ乾かしてないから」
「自然乾燥?」
「ううん。弱風だけどドライヤーは使うよ。短時間で……麦が怯えないように」

 理由を付け足すと、陸の眉がわずかに動いた。
 日奈子の肩に掛かるタオルを掴み、背後に回り込む。

「貸して」

 有無を言わせぬ口調だった。
 タオルが優しく髪を包み、陸の大きな手が根元から丁寧に水気を取っていく。
 指が毛束を挟み、絞る。
 タオル越しに伝わる繊細な指の動きに、日奈子は思わず息を殺した。
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