夜の静けさと湯気の向こう

 ◇

 ――浴室のドアが閉まる音が聞こえた。
 静まり返った室内に、微かな水の音が届き始める。
 日奈子がシャワーを浴びている、その生々しい響きを鼓膜に受けながら、陸は膝の上で丸くなる麦の背中を優しく撫でた。

 不意に脳裏をよぎる、一昨日の夜の記憶。
 あの時は、泥酔した日奈子をただ介抱するだけのつもりだった。
 だが酒に溺れ、ベッドで酔い潰れている彼女の無防備さと、潤んだ瞳で必死に縋り付いてきた愛らしさに、陸の理性は一瞬で消し飛んだのだ。

 触れた肌の吸い付くような柔らかさ。
 掠れた声で何度も自分の名前を呼び、腕の中で、瞳を潤ませて小さく喘いでいた。
 あの熱い夜の感触が、外科医として冷静であるはずの陸の指先に、今も生々しく蘇る。

 日奈子は何も覚えていないと言った。
 だからこそ今日、素面の彼女の部屋に無理やり上がり込み、隣で眠るということに対して、陸の胸の奥には形容しがたい不安と期待が渦巻いている。
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