夜の静けさと湯気の向こう

 ◇

 リビングのドアが開いた。
 タオルで首元を拭いながら、陸はソファーに腰を下ろした。

「おかえりなさい。服のサイズ、大丈夫そう?」
「……ああ」

 陸が短く頷いて、前髪を乱暴にかき上げた。
 伏せられた長い睫毛の下から覗く、鋭い双眸。水滴が一筋、顎を伝う。
 その一連の仕草が色っぽくて、日奈子は思わず視線を逸らした。

(う……意識しちゃうよ……)

 そんな日奈子の心情など知らない陸は、テーブルの上に置かれたドライヤーに手を伸ばし、プラグをコンセントに差し込んだ。
 スイッチを入れた瞬間、ゴォ、という轟音が鳴り響く。
 麦がびくっと驚き、日奈子の胸元にしがみついた。耳をぺったりと伏せて全身を震わせている。
 陸が申し訳なさそうに電源を切った。

「悪い。音……嫌だったか」

 猫の聴覚は人間の三倍以上と言われている。激しい機械音は苦手なはずだ。
 日奈子は麦を抱きしめながら優しく撫でる。

「ううん、大丈夫だよ。怖がらなくていいからね」

 日奈子はすぐさま、柔らかいタオルで麦をくるんだ。外界の音を和らげる防音壁を作るかのように。
 それでも陸は、ドライヤーの電源を付けようとはしなかった。
 プラグを抜き、そのまま放置する。
 無理に乾かすことを諦め、濡れたままの髪をかき上げたその仕草にはどこか潔さがあった。
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