夜の静けさと湯気の向こう

「ああ」

 間髪入れぬ肯定だ。
 その意志の固さが声色から伝わってくる。
 ふいに陸が身を乗り出し、日奈子の耳元に顔を近づけた。

「……嫌?」

 至近距離からの囁きに、日奈子の心臓が跳ねた。
 抱かれた夜の記憶がフラッシュバックする。

「う、ううん……あ、シャワー先にどうぞ」

 俯き加減に小さく首を振る。
 頬が燃えるように熱い。
 陸の呼気が耳たぶを擽って恥ずかしい。

「そうする」

 満足そうに頷く陸が、日奈子に麦を預けて立ち上がった。

「あ、タオルは洗面所の棚にあるから使ってね。あとこれ、弟のだけど……メンズ用の服。サイズが合うといいんだけど」

 そう告げて衣類を差し出すと、陸の眉がピクリと動いた。

「……弟?」
「うん、義理の弟。たまにお母さんと一緒に遊びに来るから、お泊まり用の服を置いてるの」

 何気ない説明だったが、陸は言葉を失ったように立ち尽くす。
 日奈子はその変化に気づかない。

「どうしたの?」
「……いや。何も」

 差し出された男物のスウェットを、陸の大きな手がわずかにきつく握りしめる。
 冷淡な切れ長の瞳の奥に、得体の知れない暗い熱が灯ったのを、日奈子は知る由もない。
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