夜の静けさと湯気の向こう

 ほどなくして、日奈子がトレイを持って戻ってきた。
 香ばしいコーヒーの香りが漂う。

「軽くおにぎりも握ったから食べてね。ブラックで大丈夫?」
「ああ」

 返事は短いが、麦を撫でる手は止まらない。
 日奈子はクスッと笑いながら、テーブルにコーヒーとおにぎりを並べた。
 湯気立つカップを陸は一口飲む。
 麦は彼の膝の上で丸くなり、喉をゴロゴロ鳴らしていた。

「陸って猫が好きなんだね」
「ああ」

 即答だった。ストレートな肯定。
 ふと陸が顔を上げる。

「……ひなより懐いてる」
「え、そんなことないもん」

 幼い口調で日奈子が抗議すると、陸がわずかに唇を綻ばせる。
 ゆっくりと立ち上がると、麦を大切そうに持ち上げながら、日奈子の隣に腰を下ろした。
 互いの肩が触れそうな距離だ。

「今日、疲れた?」

 囁くような低い声。
 麦が陸の腕の中で丸くなったまま、寝息を立て始めている。

「いっぱい歩いたから……ちょっと疲れたかも。でも凄く楽しかったよ」
「……そうか」

 ほっとしたような安堵の表情。
 珍しく柔らかい雰囲気が漂う。

「……本当に泊まってく?」

 念を押すように訊ねると、陸は一度だけゆっくり瞬きをした。
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