夜の静けさと湯気の向こう

 閉鎖空間での二人きりは息が詰まりそうだった。
 ランチや水族館にいた時は、沈黙も全然平気だったのに。
 今はどこか甘い緊張が、二人の空気を張り詰めている。

 日奈子はそっと陸を横目で見た。
 微動だにせず、背筋を伸ばしたまま立っている。

(何か話したほうがいいかな……)

 けれどどんな言葉を選べばいいのか分からない。
 結局何も会話することもなく、エレベーターが日奈子のフロアに到着し、扉が開いた。
 部屋の前で立ち止まると、陸も足を止める。

「……鍵、閉めろよ。ちゃんと」

 ポケットに手を入れたまま、陸が低い声で言った。
 心配してくれているのだろうか。
 日奈子は少し驚きながらも、感謝を込めて頷いた。

「うん。今日は誘ってくれてありがとう。すごく楽しかった」

 素直な気持ちを伝えたつもりだ。
 しかし陸は無反応だった。
 視線が廊下の床に落ちて、また日奈子に戻る。
 一瞬の沈黙があった後、陸がぼそりと呟いた。

「……泊まっていいか」
3/13ページ
スキ