水族館デート

「……嫌な事でも、必要ならやるんだ」

 その呟きに非難の色はない。
 むしろ新しい標本を見つけた研究者のような、興味深げな響きが込められている。
 陸自身、興味のないことに時間とエネルギーを注ぐタイプではない。
 だからこそ、日奈子の合理性と自己犠牲的精神が新鮮に映ったのだろう。

「就活、どうだった」

 次の通路へと歩きながら、陸はさらに掘り下げた。

「希望の会社に入れたよ」
「希望って……そこでやりたいことあったの」
「やりたい事っていうか、そこそこ高収入な会社だったから。それだけ」

 あまりにもあっさりした回答に、陸が無言で立ち止まる。
 クラゲ展示コーナーで、透明な傘を持つ海月たちが、ゆらゆらと水中に浮かんでいる。
 LEDライトが無数の光の輪郭を水面に投げかけていた。

「……金」

 一言で要約された日奈子の行動原理。
 やりたい事よりも、金。
 その選択は別段、不思議な事ではない。

 しかし陸は違う。
 外科医という過酷な職種を選んだのは、その分野に興味があったから。人の命を助けられるから。
 明確にやりたい事だったから、自ら選んだ道だ。金の為ではない。

 外科医として日々生死に向き合う陸にとって、「稼ぐ為」だけで人生の重大な選択をするというのは理解を超えているのかもしれない。
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