水族館デート

「でも、実は数字、苦手なんだよね」
「……矛盾してる」

 素早く冷静な指摘。
 まるで違和感のあるデータを見つけた時のような鋭さ。

「嫌いなのに勉強したの?」

 責める口調ではないが、そこには純粋な好奇心が宿っている。
 なぜ苦手なものに精力を費やすのか――外科医として効率を重んじる陸には、理解しづらい行動なのかもしれない。

「うん。商業高校生は簿記一級取れて当たり前、みたいなとこあるから」

 さらりと言う。
 水槽の分厚いガラスに、陸はそっと指先を押し当てた。

「当たり前、か」

 その単語を噛み締めるように繰り返す。
 彼の指の向こうでは、銀色のイワシの大群が大きな渦を巻いていた。

「周りがやってるから自分もやった、ってことか」

 平坦な問いかけの奥に、静かな探求心が流れている。
 日奈子の飄々とした表層の下に隠されたものを、暴こうとする医師の目だ。

「まあ、そうだね。会計簿記さえ取得すれば、就活でもかなり有利になるし」

(……そうしないと、自分の価値を認めてもらえない気がしたから)

 期待に応えなければ見捨てられてしまうという、幼い頃から染み付いた強迫観念。
 胸の奥の重苦しい部分を、陸の静かな眼差しに透かされているような気がして、日奈子は少しだけ居心地が悪くなる。
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