船長の恋愛相談室(🔫夢)
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「恋人を繋ぎとめる方法を教えてほしいんです」
〇〇〇は言った。
「副船長は恋多き大人の男性。副船長が陸に上がるたびに綺麗な女性に声をかけていらっしゃったのは私も見ていましたし、あの情熱的な言葉がささやかれるのが自分であればと思ったこともあります。お頭もご存知の通り念願叶って先日から副船長とお付き合いをさせていただいているんですが、そういった言葉を頂いたことは、恥ずかしながらまだ一度もありません……いえ、それが不満という訳ではないんです。自分が副船長が愛するような魅力のある女ではないというのはよく分かっております。もちろん副船長に見合う人間になれるよう日々努力はしているつもりですが、如何せん世間知らずで経験不足ですし、今までお付き合いされていたような方々と比べるだなんてとても出来ません。今は物珍しさで私のおままごとにお付き合いいただいていますが、このままではすぐに飽きられてしまうでしょう。どうにか副船長の心をつなぎとめる方法はないでしょうか」
一息に語り終えると彼女はふう、と小さく息をついた。シャンクスは右隣に座る乙女を見おろす。
可愛い娘だな、と思う。成人して久しいはずだがどことなくおぼこくて、荒くれ者の野郎どもに囲まれているのに生来の上品さを失わない。故郷が戦火で焼けたという割とよくある可哀相な境遇の少女が、生家が贋作を扱って成り上がった悪徳商だから宝飾・美術品の目利きと金勘定が得意だと、ピンと背筋を伸ばして震えを隠し自分を売り込んできたのはもう十年も前だ。シャンクスからすれば娘と呼ぶには年が近すぎるが妹にするには離れている。可愛い姪っ子というところだろうか。パパ活なんてしようものなら正座でお説教するし、相手のおっさんは生まれてきたことを後悔するような目に合わせてから海の藻屑にしてくれよう。
それが今、パパ活のおっさんよりも質の悪いおっさんにつかまってしまっていた。
「一応聞くが、今のはお前の話だよな?」
「そうです」
小さい頭をこくこく、と上下させる。つやつやの頬っぺたは軽い興奮で可愛らしい桃色だ。
シャンクスは嫌だなあと思った。
こういう恋愛相談?って船長の仕事なのかなあ、と。
「お前って意外と自分を客観視できないタイプなんだな。あーまずその、肩にかかってる外套はどうした?」
その泥棒が背負っている風呂敷の2Pカラーみたいなやつ、となんだかとても見覚えのある外套を指さす。
「副船長が風邪をひくといけないからって貸してくださいました」
「そうか……今日は結構暖かいけどな」
最高気温25度とお天気お兄さんことスネイクが朝食の時に言っていたのを、ベックマンも〇〇〇も聞いていたはずだ。
「年取ると体感温度が狂うらしいしな……あぢっ!」
「お頭?」
「いや……なんでもねえ気にするな」
右足の脛に急に熱さが走り思わず叫び声を上げた。〇〇〇は何が起きたのか気付いていないようだ。シャンクスはため息をついた。
「じゃあその腰に下げてるごつい懐中時計は?」
「副船長が私の腕時計と交換だって貸してくださいました。私の腕時計の方が文字盤が見やすそうだからしばらく借りたいと」
「そうか……お前の腕時計の方が文字盤小さいと思うけどな」
そろそろ老眼きついんじゃないかな、と言うと脛のあたりにまた熱源が近づく気配がして右足をはね上げた。
「あっちい!くそっ脛毛燃やす気か……」
「お頭?」
「いやなんでもねえよ。じゃあその……お前の膝の上に乗ってるやつは?」
「副船長ですね」
「そうか……白昼堂々甲板で膝枕してるって訳だな。なんでお前その状況でおれに相談しようと思ったの?」
「副船長がお頭と二人きりになるなと言うので、折衷案で昼寝中の副船長を同席させることに」
「ん~そうか。昼寝中だから相談内容は聞いてないってか。おいベックお前どういうつもりだ」
「おれは今寝てる」
「この期に及んで……」
ずっと無視していたが限界だった。シャンクスは〇〇〇のもちもちの太ももに後頭部を静め目を閉じているベックマンをにらみつけた。左手には吸いさしの煙草。さっきから事あるごとにシャンクスの脛を燃やしに来ていたやつだ。
昼下がりの甲板、空は快晴。普段なら釣りをするなり鍛錬をするなり銘々にぎわっているはずの船上だが、恋人に膝枕をされる副船長、副船長を膝に乗せたまま恋愛相談をする〇〇〇、死んだ目でそれを受ける船長という異様すぎる光景に恐れをなし、あたりには誰の姿もない。
いや若干名いた。離れたところでにたにた笑っている古なじみたち。船長が困っているこの地獄の三者面談を肴にして、大幹部なんて大層な名前で呼ばれる連中が酒盛りをしている。
おれも向こうに行きたいなあ、とシャンクスは思った。ベックの部屋の棚の奥に隠してある良いラム、あれくすねてこようかな。全部コーラで割って飲んでやりてえ。飲まないとやってらんねえ。いいラム酒をラムコークにするともったいないっていつも怒られるけど。
「つうかおれが聞きたいのはそっちじゃないんだがなあ……」
シャンクスの独り言に〇〇〇は不思議そうな顔をした。
どうしてこの状況で相談しようと思ったのか。二人きりを避けるため、とかそういう話ではなく。
どうしてそんなにメロメロにべた惚れされているのに「飽きられちゃったらどうしよう」なんて発想が出るのかを聞きたかったのだ。
お前がするべきは捨てられる心配じゃなく、「もし私が副船長に飽きちゃったら別れたいんだけど、どうやったら別れられるかな」という心配だ。そういう相談だったらシャンクスにも答えの用意がある。「残念だけど無理。お手上げ(笑)」と。
「副船長はとてもおモテになるし、経験豊富ですし、港ごとに恋人がいたとか、五日停泊しただけの町でそこに住むすべての女性とその、な、仲良くなられたとか沢山お話を聞いてますけど」
「待てベック!おれじゃない!おれは言ってない!多分ヤソップかスネイク!脛毛燃やすな!」
「それに比べて私は地味で器量も良くないですし、も、モテないですし、恋人は副船長が初めてなもので……」
とんだ間違いである。器量だって悪くないし世間ずれしていない清純さがあり、そのくせ時に豪胆で、素直で明るく誰にでも分け隔てなく優しい。モテないわけがない。
シャンクスは涼しい顔で寝転ぶ男を見た。こいつが妙なまめさを発揮し、せっせと〇〇〇に近づこうとする虫をひそかに排除し続けているせいで、この可愛らしい娘は自分に魅力がないと誤認しているのだ。
どうしてこんなにこじれてしまったんだろう。端から見ていれば二人が同じ位、つまりもう互いを手放せないほどに思い合っているのなんて誰でもわかるのに。
こいつこんなに慎重な奴だったかな。寝転ぶ男を盗み見ながらシャンクスはため息をついた。
ベックマンが〇〇〇に惚れた後の行動はとても迅速だった。
あっという間に外堀を埋めて周囲をけん制、あの娘は副船長のお手付きだという噂を広め、瞬く間に誰も彼女に手を出せない状態を作り上げたのはさすがというしかない。見事なまでの情報操作、参謀にふさわしい手腕である。
しかしその後だ。外堀を埋めたと思ったら外壁を作り完全に誰も入れないように念入りに封鎖、二人で暮らす小さな一軒家を建て、生まれてもいない子供のためにブランコやら滑り台やら遊具を作り、老後の楽しみのために庭木を植えて花壇をこしらえ、そこまでしてまだ彼女の手を握ることはおろか愛をささやくことすらできていなかったのである。
若い船員たちに〇〇〇との関係を聞かれれば思わせぶりに笑い、散々匂わせるようなことを言って着実に外堀を埋めながら、臆病なまでの慎重さで決定的なアプローチをできずにいるベックマンを見て、古なじみたちは皆「あいついつまで外堀埋めてんだ」「はよ本丸に突撃しろや」「外堀に自分の墓を建てる気かな」と本気で心配したものだ。ベックマンの数年にわたる堅実すぎる一連のもだもだは「外堀スローライフ」と呼ばれいまだに酒の席でネタにされている。
〇〇〇の方が度胸はあるのかもしれない。彼女が戦地に赴く少年兵の瞳で船長室に来たのはほんの数か月前のことだ。副船長を好きになってしまったので今夜思いを告げ、船を降りますと、そう言った娘を見てシャンクスはマジかよと思った。嘘でしょ?ベックまだこいつに告白してなかったの?この数年なにやってたの?と。
このプレイボーイ(笑)が一人の女に何年もろくなアプローチもできずにごちゃごちゃやっているうちに、〇〇〇は勝手に(どこが良かったのか)ベックマンに惚れ、勝手に自分の心に整理を付け、勝手に覚悟を決めていたのだ。最悪の場合は仲間に迷惑が掛からないよう船を降りる決心すら抱いて。
その結果がこのすれ違いである。
「つまりお前は自分ばかりが相手に惚れていて、今は物珍しさで付き合ってもらってるけどすぐに飽きられて捨てられると、そういう心配をしてるわけだ」
「む……そういうことです」
眉根を寄せて乙女は神妙に頷いた。改めて言葉にされると恥ずかしいのだろう。若い娘の羞恥心というのはよく分からない。どう考えても相談の場に対象である恋人を連れてきてあまつさえ膝枕で同席させるほうがよっぽど恥ずかしい気がするのだが。
「〇〇〇、お前最近ベックがおれらの間でなんて呼ばれてるか知ってるか?」
「いえ、存じませんが……」
「あのな、あ、待て一応そいつの耳をふさげ。うん、言うぞ。距離感バグりおじさんだ」
「おいだれがおっさんだ」
「うわこいつ読唇術とかできるのかよ。つうか寝てるなら目は閉じておけよ頼むから」
どこかで怪鳥のような笑い声が響いた。声のした方をにらむとヤソップが慌てて目をそらしたのが見えた。小声で〇〇〇だけに聞こえるように言ったつもりだが、凄腕狙撃手にとってはこの距離で唇の動きを読むなんて朝飯前なのだろう。お調子者が二言三言周りに話した後にテーブル全体で笑い声があがる。シャンクスは畜生、と口の中だけでつぶやいた。畜生、おれは船長だぞ。まあ、副船長は隣で威厳も何もなく年下の恋人の太ももに頭を乗せているわけだが。
晴れて〇〇〇と恋仲になった後のベックマンの浮かれ振りはひどいものだった。付き合う前から周囲にしていた「〇〇〇はおれのもの」アピールに一層拍車がかかり、互いの持ち物――腕時計や衣類をはじめ愛用のシャンプー、香水、キーホルダー、文房具、シーブリーズのキャップ部分など――を交換しだし、あまりの変貌ぶりに長年彼を副船長として慕っていたライムジュースが愕然と「初カノできた中坊かよ……」とつぶやいたのを聞いてスネイクは笑いすぎて過呼吸を起こした。
まあ数年越しの気持ちが成就したから浮かれているのだろうと周囲は放っておくことにしたが、一向に収まる気配はなくやがて古なじみたちは皆彼を「距離感バグりおじさん」と呼ぶようになったのだ。もちろん言い出しっぺはシャンクスだったし、それを聞いたスネイクは呼吸器に深刻なダメージを負うほど笑って医務室に運ばれ、なぜだかシャンクスはホンゴウから叱られる羽目になったがこれは余談である。
「こいつとは二十年以上の付き合いだが、一人の女にここまで入れあげてるのは初めて見たぞ。お前はもう少し、愛されてる自覚って言うのを持った方がいい」
口にするとこっぱずかしくなってしまう。何となく口の中が痒くなってシャンクスは顔をしかめた。乙女も隣でもじもじとああ、でもうう、でもないうめき声をあげている。
「おれは今寝ているから、これは寝言なんだが」
ふいに〇〇〇の膝の上から声が上がった。
「おれの恋人は若くて気立てがいい。まっさらで自由で、そこがたまらなく愛おしいがふと不安になるときがある。おれはそいつが思っているほど器用な男じゃあないし優しい訳でもない。暇つぶしの相手を探してばかりだったから本気で惚れた女を口説く方法が分からない。おれが惚れた相手はおれよりずっと勇気があってまっすぐに愛を伝えてくれる。この愛がいつか他の奴に向いてしまうんじゃないかとそればかりが怖い。繋ぎとめるためにはなんだってするのに、どうしたらいいのかが分からない。年を取ると取り繕うのばかりが上手くなる。いつでも余裕のある大人の男でいなけりゃ、化けの皮がはがれた瞬間にふっとどこかに行っちまうんじゃないかといつだって恐ろしい」
ベックマンは言った。
「恋人を繋ぎとめる方法を教えてくれねえか」
眠たくなりそうな口調でのたのたぼそぼそつぶやき終えると、膝の上の仏頂面は再び沈黙した。
酒場で、街で、初めて会った美人を口説くときのスマートさはかけらもなかった。この男は本当に真剣に頭を使って言葉を発する時ほど投げやりな話し方になるというのはごく近しい者たちしか知らない。一夜限りの相手への情熱的なセリフは頭を空っぽにしたまま舌先だけで紡がれていて何の心もこもっていないということも。
「わ、私」
〇〇〇はよく見なければ分からないほど小さく唇をわななかせ、数度言葉を発しようと開いては閉じてを繰り返した。前髪に隠れて顔は見えないが耳は真っ赤だ。おれの髪色といい勝負だな、とシャンクスがどうでもいいことを思った瞬間に乙女は勢いよく立ち上がろうとして、膝の上に恋人の頭があることに気付き、もぞもぞ四苦八苦してあろうことかシャンクスの膝の上にそれを横たえて今度こそ立ち上がった。
「私、寝言にお返事をしたら魂を抜かれるとおばあちゃんに言われてますので!」
どこかで特徴的な馬鹿笑いが響いているが、全く気付く様子もなく〇〇〇はそう宣言するとパッと駆け出す。
そして五歩目でピタリと止まると勢いよく振り向き「お頭、お話を聞いていただいてありがとうございました」と律儀にお辞儀をして、船内に風のように消えていった。
「……」
「……〇〇〇の太ももの感触が野郎の膝枕で上書きされちまった。訴訟を起こすしかない」
「なんでそんな被害者面できんのお前」
のそりと起き上がるとベックマンは指先に挟んでいた吸いさしを咥えた。
「まああれだ。迷惑かけたな」
「お、おお。迷惑かけた自覚はあったんだな」
お前の部屋に隠してあるラム酒で手をうつよ、と半ば冗談のつもりで言うと、ベックマンは「あれは〇〇〇のためにとってあったんだがなあ」とぼやいた。
「ラムとか飲むのあいつ」
「……例えばこう、お嬢さんにも眠れねえ夜があるだろ」
「えっなになに何の話」
「そしたら恋人のおれの部屋に訪ねてくるかもしれん」
「ん?まあ、そうか?そうかもな」
「おれはホットミルクを入れてやって、そいつにとっておきのラムを垂らす。〇〇〇はあまり酒に強くねえからな。すぐにうとうとしだすだろうから部屋までそっと運んで、朝までよく眠れるようにキスの一つでもくれてやるさ」
「キッ……」
シャンクスは唇の両端に力を込めて口を閉じた。
船長が大事な船員に「キッショ……」なんて口が裂けても言ってはいけない。例えそれが五十路のおっさんが顔に似合わないロマンチックな妄想を披露した時でもだ。
「ああ、いいんじゃないか。でもまだ実行できてねえんだろ?」
「……まだ自室で二人きりになるのは早いだろ」
「キッショ……」
鳥肌が全身に駆け巡るのを感じつぶやく。
本気の恋とはここまで人を臆病に変えるのか。好みの女と見れば相手が海賊だろうが庶民だろうが既婚者だろうが貴族だろうが年の差がいくつあろうがベッドインRTAかと思う速度で口説き落としていた男が。
「まあパパ活のおっさんよりはだいぶましか……」
「あ?なんだって?」
「いや、大事にする分にはいいかって言ったんだよ」
さすがのシャンクスも、自分の右腕相手に生まれてきたことを後悔するような目に合わせてから海の藻屑にするなんてことはしたくなかった。
「あんまり心配させてくれるなよ。お前も〇〇〇もおれの船の大事な仲間なんだからな」
「努力するよ」
シルバーグレイの男前はたいして短くなってもいない煙草の火を手のひらでもみ消すと、親指で眉間をかいた。シャンクスだけが知っているこの男が照れている時のしぐさだった。
「ラム酒、あとで持っていく」
「ああ。いや、お前の部屋で飲もう。コーラ持ってく」
「あんたはすぐに良い酒を安い割もんで薄めちまう」
ベックマンはからりと笑った。
遠くの方で船員が談笑する声が聞こえる。雲のない青い空に海鳥らしき姿が横切って行った。島が近い。いい日だな、とシャンクスは思った。たまには船員の恋愛相談に巻き込まれるのも悪くない。
不器用な恋人たちの仲がこじれるたびに地獄の三者面談に駆り出されるという未来をまだ見ることができない船長は、平穏と冒険とラムコークを思って笑った。
〇〇〇は言った。
「副船長は恋多き大人の男性。副船長が陸に上がるたびに綺麗な女性に声をかけていらっしゃったのは私も見ていましたし、あの情熱的な言葉がささやかれるのが自分であればと思ったこともあります。お頭もご存知の通り念願叶って先日から副船長とお付き合いをさせていただいているんですが、そういった言葉を頂いたことは、恥ずかしながらまだ一度もありません……いえ、それが不満という訳ではないんです。自分が副船長が愛するような魅力のある女ではないというのはよく分かっております。もちろん副船長に見合う人間になれるよう日々努力はしているつもりですが、如何せん世間知らずで経験不足ですし、今までお付き合いされていたような方々と比べるだなんてとても出来ません。今は物珍しさで私のおままごとにお付き合いいただいていますが、このままではすぐに飽きられてしまうでしょう。どうにか副船長の心をつなぎとめる方法はないでしょうか」
一息に語り終えると彼女はふう、と小さく息をついた。シャンクスは右隣に座る乙女を見おろす。
可愛い娘だな、と思う。成人して久しいはずだがどことなくおぼこくて、荒くれ者の野郎どもに囲まれているのに生来の上品さを失わない。故郷が戦火で焼けたという割とよくある可哀相な境遇の少女が、生家が贋作を扱って成り上がった悪徳商だから宝飾・美術品の目利きと金勘定が得意だと、ピンと背筋を伸ばして震えを隠し自分を売り込んできたのはもう十年も前だ。シャンクスからすれば娘と呼ぶには年が近すぎるが妹にするには離れている。可愛い姪っ子というところだろうか。パパ活なんてしようものなら正座でお説教するし、相手のおっさんは生まれてきたことを後悔するような目に合わせてから海の藻屑にしてくれよう。
それが今、パパ活のおっさんよりも質の悪いおっさんにつかまってしまっていた。
「一応聞くが、今のはお前の話だよな?」
「そうです」
小さい頭をこくこく、と上下させる。つやつやの頬っぺたは軽い興奮で可愛らしい桃色だ。
シャンクスは嫌だなあと思った。
こういう恋愛相談?って船長の仕事なのかなあ、と。
「お前って意外と自分を客観視できないタイプなんだな。あーまずその、肩にかかってる外套はどうした?」
その泥棒が背負っている風呂敷の2Pカラーみたいなやつ、となんだかとても見覚えのある外套を指さす。
「副船長が風邪をひくといけないからって貸してくださいました」
「そうか……今日は結構暖かいけどな」
最高気温25度とお天気お兄さんことスネイクが朝食の時に言っていたのを、ベックマンも〇〇〇も聞いていたはずだ。
「年取ると体感温度が狂うらしいしな……あぢっ!」
「お頭?」
「いや……なんでもねえ気にするな」
右足の脛に急に熱さが走り思わず叫び声を上げた。〇〇〇は何が起きたのか気付いていないようだ。シャンクスはため息をついた。
「じゃあその腰に下げてるごつい懐中時計は?」
「副船長が私の腕時計と交換だって貸してくださいました。私の腕時計の方が文字盤が見やすそうだからしばらく借りたいと」
「そうか……お前の腕時計の方が文字盤小さいと思うけどな」
そろそろ老眼きついんじゃないかな、と言うと脛のあたりにまた熱源が近づく気配がして右足をはね上げた。
「あっちい!くそっ脛毛燃やす気か……」
「お頭?」
「いやなんでもねえよ。じゃあその……お前の膝の上に乗ってるやつは?」
「副船長ですね」
「そうか……白昼堂々甲板で膝枕してるって訳だな。なんでお前その状況でおれに相談しようと思ったの?」
「副船長がお頭と二人きりになるなと言うので、折衷案で昼寝中の副船長を同席させることに」
「ん~そうか。昼寝中だから相談内容は聞いてないってか。おいベックお前どういうつもりだ」
「おれは今寝てる」
「この期に及んで……」
ずっと無視していたが限界だった。シャンクスは〇〇〇のもちもちの太ももに後頭部を静め目を閉じているベックマンをにらみつけた。左手には吸いさしの煙草。さっきから事あるごとにシャンクスの脛を燃やしに来ていたやつだ。
昼下がりの甲板、空は快晴。普段なら釣りをするなり鍛錬をするなり銘々にぎわっているはずの船上だが、恋人に膝枕をされる副船長、副船長を膝に乗せたまま恋愛相談をする〇〇〇、死んだ目でそれを受ける船長という異様すぎる光景に恐れをなし、あたりには誰の姿もない。
いや若干名いた。離れたところでにたにた笑っている古なじみたち。船長が困っているこの地獄の三者面談を肴にして、大幹部なんて大層な名前で呼ばれる連中が酒盛りをしている。
おれも向こうに行きたいなあ、とシャンクスは思った。ベックの部屋の棚の奥に隠してある良いラム、あれくすねてこようかな。全部コーラで割って飲んでやりてえ。飲まないとやってらんねえ。いいラム酒をラムコークにするともったいないっていつも怒られるけど。
「つうかおれが聞きたいのはそっちじゃないんだがなあ……」
シャンクスの独り言に〇〇〇は不思議そうな顔をした。
どうしてこの状況で相談しようと思ったのか。二人きりを避けるため、とかそういう話ではなく。
どうしてそんなにメロメロにべた惚れされているのに「飽きられちゃったらどうしよう」なんて発想が出るのかを聞きたかったのだ。
お前がするべきは捨てられる心配じゃなく、「もし私が副船長に飽きちゃったら別れたいんだけど、どうやったら別れられるかな」という心配だ。そういう相談だったらシャンクスにも答えの用意がある。「残念だけど無理。お手上げ(笑)」と。
「副船長はとてもおモテになるし、経験豊富ですし、港ごとに恋人がいたとか、五日停泊しただけの町でそこに住むすべての女性とその、な、仲良くなられたとか沢山お話を聞いてますけど」
「待てベック!おれじゃない!おれは言ってない!多分ヤソップかスネイク!脛毛燃やすな!」
「それに比べて私は地味で器量も良くないですし、も、モテないですし、恋人は副船長が初めてなもので……」
とんだ間違いである。器量だって悪くないし世間ずれしていない清純さがあり、そのくせ時に豪胆で、素直で明るく誰にでも分け隔てなく優しい。モテないわけがない。
シャンクスは涼しい顔で寝転ぶ男を見た。こいつが妙なまめさを発揮し、せっせと〇〇〇に近づこうとする虫をひそかに排除し続けているせいで、この可愛らしい娘は自分に魅力がないと誤認しているのだ。
どうしてこんなにこじれてしまったんだろう。端から見ていれば二人が同じ位、つまりもう互いを手放せないほどに思い合っているのなんて誰でもわかるのに。
こいつこんなに慎重な奴だったかな。寝転ぶ男を盗み見ながらシャンクスはため息をついた。
ベックマンが〇〇〇に惚れた後の行動はとても迅速だった。
あっという間に外堀を埋めて周囲をけん制、あの娘は副船長のお手付きだという噂を広め、瞬く間に誰も彼女に手を出せない状態を作り上げたのはさすがというしかない。見事なまでの情報操作、参謀にふさわしい手腕である。
しかしその後だ。外堀を埋めたと思ったら外壁を作り完全に誰も入れないように念入りに封鎖、二人で暮らす小さな一軒家を建て、生まれてもいない子供のためにブランコやら滑り台やら遊具を作り、老後の楽しみのために庭木を植えて花壇をこしらえ、そこまでしてまだ彼女の手を握ることはおろか愛をささやくことすらできていなかったのである。
若い船員たちに〇〇〇との関係を聞かれれば思わせぶりに笑い、散々匂わせるようなことを言って着実に外堀を埋めながら、臆病なまでの慎重さで決定的なアプローチをできずにいるベックマンを見て、古なじみたちは皆「あいついつまで外堀埋めてんだ」「はよ本丸に突撃しろや」「外堀に自分の墓を建てる気かな」と本気で心配したものだ。ベックマンの数年にわたる堅実すぎる一連のもだもだは「外堀スローライフ」と呼ばれいまだに酒の席でネタにされている。
〇〇〇の方が度胸はあるのかもしれない。彼女が戦地に赴く少年兵の瞳で船長室に来たのはほんの数か月前のことだ。副船長を好きになってしまったので今夜思いを告げ、船を降りますと、そう言った娘を見てシャンクスはマジかよと思った。嘘でしょ?ベックまだこいつに告白してなかったの?この数年なにやってたの?と。
このプレイボーイ(笑)が一人の女に何年もろくなアプローチもできずにごちゃごちゃやっているうちに、〇〇〇は勝手に(どこが良かったのか)ベックマンに惚れ、勝手に自分の心に整理を付け、勝手に覚悟を決めていたのだ。最悪の場合は仲間に迷惑が掛からないよう船を降りる決心すら抱いて。
その結果がこのすれ違いである。
「つまりお前は自分ばかりが相手に惚れていて、今は物珍しさで付き合ってもらってるけどすぐに飽きられて捨てられると、そういう心配をしてるわけだ」
「む……そういうことです」
眉根を寄せて乙女は神妙に頷いた。改めて言葉にされると恥ずかしいのだろう。若い娘の羞恥心というのはよく分からない。どう考えても相談の場に対象である恋人を連れてきてあまつさえ膝枕で同席させるほうがよっぽど恥ずかしい気がするのだが。
「〇〇〇、お前最近ベックがおれらの間でなんて呼ばれてるか知ってるか?」
「いえ、存じませんが……」
「あのな、あ、待て一応そいつの耳をふさげ。うん、言うぞ。距離感バグりおじさんだ」
「おいだれがおっさんだ」
「うわこいつ読唇術とかできるのかよ。つうか寝てるなら目は閉じておけよ頼むから」
どこかで怪鳥のような笑い声が響いた。声のした方をにらむとヤソップが慌てて目をそらしたのが見えた。小声で〇〇〇だけに聞こえるように言ったつもりだが、凄腕狙撃手にとってはこの距離で唇の動きを読むなんて朝飯前なのだろう。お調子者が二言三言周りに話した後にテーブル全体で笑い声があがる。シャンクスは畜生、と口の中だけでつぶやいた。畜生、おれは船長だぞ。まあ、副船長は隣で威厳も何もなく年下の恋人の太ももに頭を乗せているわけだが。
晴れて〇〇〇と恋仲になった後のベックマンの浮かれ振りはひどいものだった。付き合う前から周囲にしていた「〇〇〇はおれのもの」アピールに一層拍車がかかり、互いの持ち物――腕時計や衣類をはじめ愛用のシャンプー、香水、キーホルダー、文房具、シーブリーズのキャップ部分など――を交換しだし、あまりの変貌ぶりに長年彼を副船長として慕っていたライムジュースが愕然と「初カノできた中坊かよ……」とつぶやいたのを聞いてスネイクは笑いすぎて過呼吸を起こした。
まあ数年越しの気持ちが成就したから浮かれているのだろうと周囲は放っておくことにしたが、一向に収まる気配はなくやがて古なじみたちは皆彼を「距離感バグりおじさん」と呼ぶようになったのだ。もちろん言い出しっぺはシャンクスだったし、それを聞いたスネイクは呼吸器に深刻なダメージを負うほど笑って医務室に運ばれ、なぜだかシャンクスはホンゴウから叱られる羽目になったがこれは余談である。
「こいつとは二十年以上の付き合いだが、一人の女にここまで入れあげてるのは初めて見たぞ。お前はもう少し、愛されてる自覚って言うのを持った方がいい」
口にするとこっぱずかしくなってしまう。何となく口の中が痒くなってシャンクスは顔をしかめた。乙女も隣でもじもじとああ、でもうう、でもないうめき声をあげている。
「おれは今寝ているから、これは寝言なんだが」
ふいに〇〇〇の膝の上から声が上がった。
「おれの恋人は若くて気立てがいい。まっさらで自由で、そこがたまらなく愛おしいがふと不安になるときがある。おれはそいつが思っているほど器用な男じゃあないし優しい訳でもない。暇つぶしの相手を探してばかりだったから本気で惚れた女を口説く方法が分からない。おれが惚れた相手はおれよりずっと勇気があってまっすぐに愛を伝えてくれる。この愛がいつか他の奴に向いてしまうんじゃないかとそればかりが怖い。繋ぎとめるためにはなんだってするのに、どうしたらいいのかが分からない。年を取ると取り繕うのばかりが上手くなる。いつでも余裕のある大人の男でいなけりゃ、化けの皮がはがれた瞬間にふっとどこかに行っちまうんじゃないかといつだって恐ろしい」
ベックマンは言った。
「恋人を繋ぎとめる方法を教えてくれねえか」
眠たくなりそうな口調でのたのたぼそぼそつぶやき終えると、膝の上の仏頂面は再び沈黙した。
酒場で、街で、初めて会った美人を口説くときのスマートさはかけらもなかった。この男は本当に真剣に頭を使って言葉を発する時ほど投げやりな話し方になるというのはごく近しい者たちしか知らない。一夜限りの相手への情熱的なセリフは頭を空っぽにしたまま舌先だけで紡がれていて何の心もこもっていないということも。
「わ、私」
〇〇〇はよく見なければ分からないほど小さく唇をわななかせ、数度言葉を発しようと開いては閉じてを繰り返した。前髪に隠れて顔は見えないが耳は真っ赤だ。おれの髪色といい勝負だな、とシャンクスがどうでもいいことを思った瞬間に乙女は勢いよく立ち上がろうとして、膝の上に恋人の頭があることに気付き、もぞもぞ四苦八苦してあろうことかシャンクスの膝の上にそれを横たえて今度こそ立ち上がった。
「私、寝言にお返事をしたら魂を抜かれるとおばあちゃんに言われてますので!」
どこかで特徴的な馬鹿笑いが響いているが、全く気付く様子もなく〇〇〇はそう宣言するとパッと駆け出す。
そして五歩目でピタリと止まると勢いよく振り向き「お頭、お話を聞いていただいてありがとうございました」と律儀にお辞儀をして、船内に風のように消えていった。
「……」
「……〇〇〇の太ももの感触が野郎の膝枕で上書きされちまった。訴訟を起こすしかない」
「なんでそんな被害者面できんのお前」
のそりと起き上がるとベックマンは指先に挟んでいた吸いさしを咥えた。
「まああれだ。迷惑かけたな」
「お、おお。迷惑かけた自覚はあったんだな」
お前の部屋に隠してあるラム酒で手をうつよ、と半ば冗談のつもりで言うと、ベックマンは「あれは〇〇〇のためにとってあったんだがなあ」とぼやいた。
「ラムとか飲むのあいつ」
「……例えばこう、お嬢さんにも眠れねえ夜があるだろ」
「えっなになに何の話」
「そしたら恋人のおれの部屋に訪ねてくるかもしれん」
「ん?まあ、そうか?そうかもな」
「おれはホットミルクを入れてやって、そいつにとっておきのラムを垂らす。〇〇〇はあまり酒に強くねえからな。すぐにうとうとしだすだろうから部屋までそっと運んで、朝までよく眠れるようにキスの一つでもくれてやるさ」
「キッ……」
シャンクスは唇の両端に力を込めて口を閉じた。
船長が大事な船員に「キッショ……」なんて口が裂けても言ってはいけない。例えそれが五十路のおっさんが顔に似合わないロマンチックな妄想を披露した時でもだ。
「ああ、いいんじゃないか。でもまだ実行できてねえんだろ?」
「……まだ自室で二人きりになるのは早いだろ」
「キッショ……」
鳥肌が全身に駆け巡るのを感じつぶやく。
本気の恋とはここまで人を臆病に変えるのか。好みの女と見れば相手が海賊だろうが庶民だろうが既婚者だろうが貴族だろうが年の差がいくつあろうがベッドインRTAかと思う速度で口説き落としていた男が。
「まあパパ活のおっさんよりはだいぶましか……」
「あ?なんだって?」
「いや、大事にする分にはいいかって言ったんだよ」
さすがのシャンクスも、自分の右腕相手に生まれてきたことを後悔するような目に合わせてから海の藻屑にするなんてことはしたくなかった。
「あんまり心配させてくれるなよ。お前も〇〇〇もおれの船の大事な仲間なんだからな」
「努力するよ」
シルバーグレイの男前はたいして短くなってもいない煙草の火を手のひらでもみ消すと、親指で眉間をかいた。シャンクスだけが知っているこの男が照れている時のしぐさだった。
「ラム酒、あとで持っていく」
「ああ。いや、お前の部屋で飲もう。コーラ持ってく」
「あんたはすぐに良い酒を安い割もんで薄めちまう」
ベックマンはからりと笑った。
遠くの方で船員が談笑する声が聞こえる。雲のない青い空に海鳥らしき姿が横切って行った。島が近い。いい日だな、とシャンクスは思った。たまには船員の恋愛相談に巻き込まれるのも悪くない。
不器用な恋人たちの仲がこじれるたびに地獄の三者面談に駆り出されるという未来をまだ見ることができない船長は、平穏と冒険とラムコークを思って笑った。
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