小話

2012/01/14

【強壮剤】
飲もうとしていた湯呑み茶碗を止め。
ゆっくりと置いた圓潮は、鏡斎へと視線を向けた。
「鏡斎。あたしに盛ろうとするなんて百年早いよ」
「……その言葉百年前も言っただろ」
「そうだったかい?」
「百年たったからもう一回やったのによ」
「まったく、怒る気も失せるネェ」
end

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1/19

【子沢山】
「そろそろ新しい子供が欲しいと思うんだけど。どうかな、鏡斎?」
「……心配するな、柳田サン。オレが産んでやる」
「可愛い子を作ろうね。また君に似る哉?」
「いや、前の奴は柳田サン似だろ」

柳田と鏡斎のやり取りを見ていた珠三郎は視線を外しながら口を開いた。
「ねぇ、あれってツッコミを入れるべきじゃないの?」
その言葉に、隣にいた雷電は少し考えてから答えた。
「慣れた方が早いんじゃねぇか?」
「そう言うもの?」
「そうとしか言えねぇよ」
誤解をされる会話を無自覚に続ける二人を眺め、雷電は断言した。
end

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1/22

【生存仮定】
「怒った顔なんて久しぶりに見たネェ」
襟元を締め上げられながら圓潮は意外そうに言った。
睨んでくる鏡斎の顔を眺め、本当に珍しいほどに感情を出していると思った。
「リクオに関する事を全部話さなかったのは何でだ、圓潮」
「嗚呼、その事で怒ってたのかい」
「あんたも知らなかったのか?それとも、故意に言わなかったのか?」
「鏡斎。答えなんか聞かなくとも、お前さんなら分かるだろうに」
わざわざ聞く必要はないだろ、と腹の内までは見せない笑みを浮かべる圓潮。
その笑みを鏡斎は一層きつく睨みつけた。
「オレは、あのまま死んでもよかった」
生涯最後の地獄絵図。
あの瞬間までそう思っていたし、満足もしていた。
それなのに今この状況は水を差されたようで不愉快だった。
「組が煩わしかったんだろ」
「煩わしかったよ」
「どうせなら、全員死ねばよかったと思ってたんだろ」
だから敵陣の情報を、リクオの事を全て話さなかった。
なのに何故、特例を作る。
いっそ全員を見殺しにすればよかっただろと罵りたかった。
「……中途半端にするなよ」
end

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02/13

【アレな本】
「その春画あとで貸してくれよ鏡斎!」
鏡斎の読んでる本を覗き込んだ雷電は開口一番に申し出た。
じっくりと本を眺めていた鏡斎は、本から視線を外そうともせずに答えた。
「これは春画じゃない。参考資料だ」
「マジか!?」
end


【バレました】
「雷電に春画を参考資料だって言ったそうだネ、鏡斎」
「…………」
「実にいい話だよ。それが真実だったらネェ?」
言いたいことは分かっているのかと、正座をさせた鏡斎の前で圓潮は据わった目で笑った。
「本当に参考になったのか、是非とも拝見したいもんだ」
end

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2/14

【差別】
邪魔しかしてないと思われる少女に、男は顔を顰めた。
ところが、とうの邪魔をされている本人は、
「こいつは可愛いからいいんだよ」
と言ってはばからない。
男尊女卑ならぬ女尊男卑だろと言いたくなった。
「依怙贔屓でありマス」
end

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2/24

【黒髪】
「バッサバサだな」
指通りの激しく悪い髪を手に取りながら言う鏡斎。
時々、思い切り後ろへと引っ張られるのを我慢していた男は鏡斎へと視線を向けた。
「……不満でしたら改善しマスが」
「オレが描いた姿に手を入れる気か?」
「滅相もありません」
何がしたいのかいまいち分からない鏡斎の行動に、男はひたすら耐えた。
反論は論外、抵抗は考えるだに恐ろしい。
まだ相手のテンションが低いだけましかと考えるしかない。
上機嫌で多弁になった鏡斎ほどたちの悪いものもない。
早く〈細道〉に帰りてぇなと言いたくなる口を閉じ、出来るだけ前向きに考えることにした。
end


【交渉】
「全部とは言ってないだろ」
「断固として断りマス」
「……オレの言う事が聞けないのか」
「グッ」
「そうか、聞けないのか。――悪い子だ」
「その顔は卑怯でありマス!!」
完全に鏡斎が優位に立っている様子を眺め、柳田は首をかしげた。
「圓潮師匠、あれは何を?」
「一方的な強奪と言ってもいいかもしれないが、蒐集交換の交渉だろうネェ」
「蒐集、と言うと……」
例のアレですか、と言葉を濁しながら訊く柳田に軽く肯定し、呆れた調子で圓潮は小さく言った。
「まあ、あまりいい趣味じゃないのは確かだよ」

「〈小生〉が消えてもいいと言う気でありマスか!!」
「また集めればいいだろ? お前ならできる。分かったらその外套の中を見せろ」
言う端から男の外套を掴む鏡斎。
逆らえない相手の暴挙に防戦一方の男。
見てて哀れになってくる男の待遇に、柳田はそっと目をそらした。
「外道すぎる哉……」
end

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2/26

【間抜け】
「いい加減、不法侵入は止めて頂けないでありマシょうか」
「ノリノリで襲ってきておきながらよく言うな」
「条件反射でありマス」
「〈細道〉に来たのは無条件で好みだと思ってるのか?」
「まぁ、そのようなもので……」
「取り敢えず、オレの上からさっさと退け」
end

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2/27

【後悔先に立たず】
「今日はどのようなご用件で」
下敷きにしていた鏡斎の上から退いた男は、渋々ながら取り繕って訊いた。
実際は、果てしなく嫌な予感しかしない。
ゆっくりと起き上がり、服に着いた土を掃っていた鏡斎は唐突に呟いてきた。
「……表にいた娘、可愛かったな」
「はぁ」
鏡斎の独り言に近い呟きに、男は続きを聞くのを拒否したい気分だった。
「最近来るものが来なくてな、顔と一緒でとは言わない。体だけでもくれないか?」
「……〈小生〉の拒否権は」
「あると思ってるのか」
真顔で返す鏡斎に男は沈黙し、泣きたくなった。
たまに来るこの〈産み〉の親は、どうしてこうも平然と要求してくるものか。
いっその事、さっき不慮の事故としてそのまま襲っておけばよかったのか。
咄嗟の判断で武器から手を離した事をいまさらながら悔やんだ。
むしろ今からでも遅くないかと大鋏の持ち手を手繰り寄せたくなった。
end

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3/1

【打てば響く】
「鏡斎。こんな暗い所で集中してると目を悪くするよ」
明りをつけようとした柳田は、何回か紐を引いてもつかない事に少し黙り込んだ。
「……鏡斎。明りがつかなくなったのはいつ哉」
「少し前につかなくなった」
「そう言えば冷蔵庫も壊れてたね、いつから哉?」
「暫く前、だったか?」
鏡斎が考え込むのを見て、それがだいぶ前だと言う事を柳田は理解した。
「君がすぐに言ってくるのは雨漏りと紙がなくなった時だけ哉、鏡斎……」
end

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4/17

【訪問】
「見た瞬間に逃げるなんて、いい度胸してるな」
「逃げた瞬間に鞭で引き寄せた方が、言う台詞でありマスかッ!」
咽込みながら首元を擦る男を、鏡斎はさして気にした様子もなく眺めた。
「柳田サンが来た時には逃げないんだろ」
「貴殿の場合は〈小生〉の畏れの元を連れ去りに来るのがほとんどだからでありマス」
end

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4/28

【強要】
「歌え」
「何をでありマシしょうか」
「いつも歌ってるだろ?」
「…………」
歌ってない。
確かに細道に引きずり込む条件として歌は使うが、全て歌ってるわけではない。
どちらかと言うと、最後に歌の締めくくりを引き継ぐ程度しか歌ってないわけで。
それを十分に知っていて言う方もどうなのかと、考えながら男は顔を顰めた。
「無茶苦茶でありマス」
end


【体力馬鹿】
「相変わらずお前のって薄いよなぁ鏡斎」
「舐めるな」
手に付いた体液を口にしていた雷電に、疲れた様子で鏡斎は言った。
「仮にも〈産む〉役だろ? 大丈夫かよ」
「別にオレのそれで産むわけじゃない」
「知ってるぜ。たまに血まで混ぜてる墨だろ? 趣味わりーぜ、だから病んでるのが産まれるんじゃねぇか?」
「……人を自傷症候群みたいに言うな。筆の滑りがいいからたまに入れるだけだ」
「じしょ…しょう……?」
難しい言葉を使うなよと顔に出る相手に、鏡斎はため息をついた。
「なあ、もう一回ヤろうぜ、鏡斎」
「……つきあってられるかよ」
end

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5/23

【興味】
「奴良、リクオ?」
「二代目の子供だ、まぁ変化したのは一度きり、その後はまっとうな人間の生活をしてるようだけどネェ」
〈脳〉を通して知った情報を話す圓潮に、鏡斎は興味がないとばかりに話半分で聞いていた。
「そんな話をしにきたのかよ、圓潮」
手を止めてまで聞くような話だったのかと言いたげに睨む鏡斎。
その反応に、これでも組内では反響が大きい話だと言ってもしかたがないと圓潮は肩をすくめた。
「今日は何の噺がいいんだい、鏡斎」
「あんたが語るなら何でもいい」
「一番難しい注文だネェ」
end


【いつから】
いつからだったかと圓潮はふと考えた。
奴良リクオの事を興味なく聞き流していた鏡斎はもういない。
少し前まで聞き流していたのが嘘のように、今では早く会いたいとまで言う。
自分で興味を持つよう噺を与えておきながら今更だとは思うが、いつから苛立ちを感じるようになったのかと。
描きたいものを描き、ただ描く事にしか興味のない鏡斎。
リクオに会いたいと言うのも、全ては絵の中に捉えたいだけ。
欲に忠実で組の為などと行動する事のない、同じ〈山ン本〉から生まれた存在。
そんなもの、一番よく知っていると言うのに――
いつからだったか。
奴良リクオの事を話さなければよかったと考えるようになったのは。
end

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5/27

【ストライキ】
「……此処に来るなんて珍しいな」
「たまには詰まらない事で一々呼び出されずに、あたしも休んでみたいからネェ」
柳田達から逃げてきた圓潮へと視線を向けながら、鏡斎は疑問を口にした。
「此処にいても、すぐに呼び出されるぜ?」
「鏡斎、あたしは今日休むんだ。柳田や雷電達が来たら追い返せばいいだろ?」
相当に頭に来ていたらしい圓潮の言葉を聞き、自業自得とは言え柳田達に密やかに同情したくなった。
「……手加減はしてやれよ」
「腹の虫が収まったら考えるよ」
end

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5/28

【不器用】
「オレがあんたの布団に入って、何か都合の悪い事でもあるのか」
「別に悪かないけどネェ」
また唐突なもので、と人の布団に入ってきた鏡斎を圓潮は眺めた。
「誘ってるなら口にしないとあたしは分からないよ」
「誰があんたとヤるなんて言ったんだ」
「冗談だよ、たまにはお前さんも人肌恋しい時ぐらいあるんだろう?」
黙って背を向けている鏡斎に対し、圓潮はふと笑った。
甘えるにしても、もう少しやり方があるだろうにと声が零れないよう笑いながら思った。
end

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6/2

【説教】
「ここまでする必要があるのかよ」
手首を縄で縛られ、不貞腐れたように鏡斎は圓潮を見た。
「お前さんの場合、反省する前に身代わりの絵を置いてさっさと逃げるからネェ」
これが相応な対応だと圓潮は言い切った。
「ただあんたの扇に筆を入れただけだろ」
「もう少しで客の前に持っていきそうになったんだよ、あたしは」
「……途中で気付いたから問題ない」
「結果論を言うんじゃない」
end


【違い】
「柳田、鏡斎にとって〈産んだ〉妖怪は全て作品なんだよ」
「何が、違うんですか。圓潮師匠」
「意味を履き違えちゃいけない。作品は作品であって道具じゃない」
何処が違うのかと困惑した様子で柳田は圓潮を見た。
「お前さんが絵をぞんざいに扱う限り、鏡斎は絵を渡さないだろうネェ」
「ボクは、一度も鏡斎の絵をぞんざいに扱ってなんか…ッ!!」
「本当にそう思うかい?」
ぞんざいに扱ってないと何故言えるものか。
「今日までで何十、何百の作品が消えたんだろうネェ」
渡した作品は長く残らず、その度に次の作品をと言い。
「答えられるかい、柳田」
道具と作品、何が違うのか。
end

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6/9
【五十歩百歩】
「お前さんたちネェ……痴話喧嘩でどうしたら家一つ潰すんだい?」
仲裁役に入った圓潮は心底呆れたようにため息を吐いた。
正座をさせられた鏡斎は隣で同じく正座している雷電を指差した。
「全部雷電が悪い」
「鏡斎テメェ! こっちに責任押し付けんなよ!!」
「……体格差考えないでじゃれついてきたの誰だよ」
「問答無用で妖怪けしかけたの誰だよ!」
「こっちは正当防衛だ」
「抱き着くのなんか愛情表現の一つだろ!?」
「命の危機を感じた」
「だからって何百体も産む必要ないだろ普通は!」
「それでも生存する馬鹿にはちょうどいい」
頭が痛くなる喧嘩をまだ続ける二人に、圓潮はこめかみを抑えながら口を開いた。
「少しは反省する素振りを見せたらどうだい、お前さんたち……」
end

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6/15

【口が滑る】
「鏡斎と一緒に寝るのが夢?」
随分と変な事が夢なんだネェと何気なく呟いた圓潮は、次いで哀れむように忠告した。
「柳田、悪いことは言わないから夢は夢のままにしときな」
「何故ですか?」
「鏡斎は寝相が悪いんだよ、人を蹴飛ばすなんてしょっちゅうだ」
それでいて人の布団に入りたがるから始末が悪い、と圓潮は思い出すように続けた。
「圓潮師匠、一つ良いですか?」
「なんだい、柳田」
「何故、鏡斎の寝相を知っているんでしょうか」
「――さっきのは聞かなかった事にしなさい」
「無理です」
end


【説得力】
「どうしてこう、特殊性癖ばかりが遺伝するんだかネェ」
「圓潮、オレは特殊性癖じゃない。
 ただオレより年下で、出来れば制服を着た人間の歳で10代ぐらいが好きなだけだ」
「〈小生〉も右に同じでありマス」
「それが特殊な性癖だって言ってるんだよ、お前さん達」
end

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6/18

【自慢】
「随分と華やかだネェ」
目の前の絵への感想を圓潮が零すと、道具を片付けていた鏡斎は手を止めた。
「……たまにはな」
「世間にでも流すかい?」
「無理だろ」
「これからは何も産まれないなら、不都合もないだろう」
無害な掛軸を指す圓潮に、鏡斎は首を傾げた。
「……組の金が足りないなら流せばいいだろ?」
「あぁ、そう言う意味じゃないよ。あたしが語って金が足りないなんて起こる訳がないだろう?」
だったらどうしてそこまで、と疑問の目を向ける鏡斎。
その視線に、軽く笑ってから圓潮は言った。
「たまには、世間に作品を見せびらかすのも悪くはないと思わないかい」
end

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6/24

【骨折り損】
「なあ、鏡斎外に行こうぜ。小難しい話なんて置いといてよ」
噛み砕かれた説明を長々と聞いた後、最後の最後に雷電は言った。
晴れやかな笑顔で言う雷電に、時間の無駄だったと鏡斎は筆を握り締めた。
「鏡斎! 絵を実体化させんなよ! 何で怒ってんだよ!?」
「時間返せ。お前に教えてる間に何枚描けたと思ってるんだ」
end

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7/4

【不得手】
鏡を見ながら筆を取って包帯へと目を描いた。
「……上手くいかないもんだネェ?」
さすがに鏡斎のようにはいかないかと、不格好な自分の絵を見ながら苦笑した。
自分で見捨てたくせに、此処に鏡斎がいれば寸分違わぬほどの目を描き入れていただろうと考える事が可笑しかった。
失くした部分も、鏡斎の手にかかれば元に戻っていたかもしれない。
「まったく、こういう時に思い出すのも変なもんだ」
どれもこれも、今さら過ぎる事かと鏡を見ながら再度苦笑した。
end

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7/7

【短冊】
「今年は、柳田の短冊が『〈山ン本様〉が復活しますように』の1枚ですんでよかったネェ」
「……柳田サン、昔呪文みたいに書いて飾ってたからな」
「お前さんは何を書いたんだい?」
「納得がいくまで描いてたら、いつの間にか紙がなくなった」
「まぁ、そうなるだろうとは思ったけどネェ」
end


【祈願】
「お前も欲があるなら書くべきだろ」
短冊を渡しながら言う鏡斎に、男は首を傾げた。
「例えば、どのような願いを?」
「例えば……女子の背に思いっきり描きたいとか」
「…………」
真っ直ぐすぎる目で言う事だろうかと、欲に忠実すぎる親を前に何も言えなくなった。
end


【飾り】
「鏡斎、今年はやけに七夕飾りがモノクロだね」
まばらに墨が入った飾りを眺めながら柳田は隣にいる鏡斎に訊いた。
「そこら辺にあった紙で作ったからな」
「実体化はしない哉?」
「大丈夫だろ……たぶん」
end

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7/15

【避暑】
ダラダラと過ごす鏡斎を見下ろし、男はしかめ面で口を開いた。
「〈小生〉の細道を何と思っているのでありマシょうか」
「避暑地」
「…………」
「心配するな、涼しくなったら帰る」
「涼を取る為だけに此処へ?」
「……他に理由がいるのか?」
「いえ、別にありません」
細道は畏れを集めるための場所だと自分に言い聞かせながら、男は深く項垂れた。
end

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7/22

【文句の一つ】
「よく抵抗もせずに、好きにさせるネェ?」
「圓潮……あんた自分から押し倒してそれかよ?」
「単なる疑問だよ。普通は乗り気じゃなかったら抵抗の一つもするだろう?」
「……面倒くさい」
「あたし以外がお前さんを好きにしたいと言って押し倒したら、それも面倒くさいって理由で好きにさせるのかい?」
「物好きはあんたぐらいだろ」
「例え話さ」
「……もしいたら、作品の餌食にしてるだろうな」
「過激だネェ。面倒くさがりじゃなかったのかい」
「好きにさせる方が面倒だろ」
「じゃあ、あたしに抵抗しない理由は?」
「あんたの場合は抵抗する方が面倒」
「それは乗り気じゃないが嫌いでもないと、とっていいのかい?」
「好きにとれよ」
end

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8/6

【面倒】
目を開けた瞬間に、底なしの黒目と視線が合った。
「ようやく起きたネェ」
「何でいるんだ、圓潮」
「開口一番それが客を迎える態度かい」
「……昼寝中に勝手に来たのはそっちだろ」
むしろ起きた瞬間に至近距離にいた相手に驚かないだけ良心的だと言い返したかった。
勝手に家に上がっていた圓潮に起き上がりながら鏡斎は質問した。
「なんか用でもあるのかよ?」
「用がなければ来ちゃいけないような口ぶりだネェ」
「別にそうは言ってない」
「なに、土産を持ってきたから一緒にどうかと思っただけだよ」
「……茶は出せない」
「そう言うと思って茶葉も買って来たよ」
どこまで準備がいいのか、ニッコリと笑う圓潮は見透かしたように茶葉を渡してきた。
ただ、出来る事ならついでに急須と湯呑も用意して欲しかったと、今から茶器を捜索しなければならない中、鏡斎は考えた。
end

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8/29

【誘導尋問】
「夜に外食にでも行くってのはどうだい?」
「あぁ、いいな。久々にまともな食事も」
「大げさだネェ。そんなに最近まともに食べてなかったのかい」
「一週間目には入ってないから大丈夫だ」
「やけにまともに食べなくてもいい期間が分かってるネェ」
何気なく返してくる圓潮に鏡斎は口を閉じた。
口許だけを笑み作る相手は何事もなかったのように口を開いた。
「まさかとは思うが、実際に試したなんて事はないだろうね、鏡斎」
「……試してはない」
「じゃあ、実際に忘れてぶっ倒れたのかい?」
「…………」
まさかそんな事を、決して遣ってはいないだろうと言う無言の圧力に鏡斎は外方を向いた。
視線を投げかけていた圓潮は、鏡斎の様子に呆れたようにため息を吐いた。
end

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9/20

【いまさら】
「手放すのが惜しかったのかい」
何気なく問われた言葉に、鏡斎は圓潮をじっと眺めた。
「……あんたが、オレに執着する事を忘れさせたんだろ」
いまさら、作品を手放すことが惜しいと思えるほどの感情は湧いてこない。
その事を一番よく分かっているくせに、よく言えるものだと鏡斎は皮肉気に笑った。
end

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9/30

【月見団子】
「柳田サン、何作ってるんだ?」
「お月見用の団子哉。圓潮師匠達が来てもいいように多めに作ってる所だよ」
皿に山盛りに作り続ける柳田を眺め、鏡斎はぽつりと呟いた。
「……足りなくなるな」
「え?」
「柳田サン、一人一皿の計算で作らないと駄目だろ」
「この量で一人前哉!?」
end

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11/15

【無精者】
自分を拘束しようとしていた鞭を掴み、圓潮は振り返った。
「せめて自分の手で服の端を掴むとか、可愛らしい事は思いつかいないのかい?」
「面倒くさいだろ」
「無精もそこまでいけばたいしたもんだ」
一歩も動かず捕まえようとしてきた鏡斎に対し、苦笑しか浮かばなかった。
end


【甘党】
お茶の時間に一人一箱以上の勢いで大破されていくお土産の茶菓子。
談話をしている間にも確実に消えていく様子から、そっと柳田は視線を外した。
手元にあった茶菓子を眺め、器を手に取り、隣にいた鏡斎の前へと移動させた。
「鏡斎、もしよかったらボクの分も食べてくれない哉」
「いいのか? 柳田サンまだ食べてないだろ」
「胸やけがして食べられないんだ……」
「そうかよ」
さして気にした様子もなく器を受け取り一口で口の中へと入れる鏡斎。
その後ろには、すでに空になった箱が何箱か積み上げられていた。
周りを見渡しても同じように大破された空箱が積み上がり、柳田はそっとため息をついて呟いた。
「……甘党にしても限度がある哉」
end


【爪】
「いてーだろ鏡斎! 爪たてるなよ!!」
「……こっちはお前の何倍も痛い」
「まだ指だけだろ?」
「…………」
「いでぇEEえ!?」
「体格差考えろ」
end

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12/9

【二度書き】
何十年、何百年、地下にいた時からずっと。
作品を世に送り出しては消されていくのを傍観していたくせに――消えていくなと、初めて思った。
「〈切裂とおりゃんせの怪人〉、それが〈小生〉の噺でありマシょうか?」
「……あぁ、それがお前の噺だ」
姿形、それこそ髪一筋にいたるまで全て変わらずに描いた、はずだった。
前と変わらない全く違う作品を前に、これが酬いかと笑いたくなった。
end

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12/27

【暮れの事】
「鏡斎、何処に逃げるつもり哉?」
「柳田サン……オレは筆より重いものを持った事がないから無理だ」
「嘘を吐くならまともな嘘を言おうか、鏡斎」
普段、何百枚とある和紙の束を軽々と運ぶ人物は誰だと柳田は言った。
「今日と言う今日は、大掃除は手伝ってもらう哉」
end
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