ハデ始

「神とは、性欲が底無しなのか?」

ハデスから水を受け取った始皇帝は、問うように言葉を紡いだ。
涙を流し過ぎたことによる頭痛に始まり、体の不調がない所を探す方が早いほどの具合の悪さの中。
人をこのような目にあわせておきながら隣で涼やかな様子でいる神が、心底恨めしいとばかりに。

「それは余に対する褒め言葉か?」
「朕の言葉の、何処をどう聞けばそうなるのだ」

分かっていながら面白がる神ほどたち悪きものはいない。
痛めた喉を潤すよう始皇帝は水を口にし、つくづく神の感覚とは人間とズレていると思った。


「生前、丸6日戦い続けた人間であろう」
「それとこれは別の問題であるぞ、冥界の王よ」
「いつもの口癖はどうした、人の王よ? まだ3日ではないか」
「不好、もう3日なり」

無問題などと誰が口にするものかと、続投を望むハデスの誘いを始皇帝は強い口調で断固拒否し。
むしろ、神との共寝を3日もくたばらずに相手した事を称賛せよと、空になった杯を神へと突き返した。

「随分と不機嫌なものだ」

常日頃の飄々とした態度すらとれぬほどの人間に対し。
突き返された空の杯をベッドサイドへと置き、ハデスは苦笑を零した。
抱き寄せればさしたる抵抗もなく人の体は傾き、呆気ないほどに神の腕の中へと身を預けてきた。

「眠い。寝かせよ。朕は寝る」
「まるで赤子のようだな」

さすがに止め時かと人間の頬を神が撫でれば、色を含まずに触れてくるその手を始皇帝は拒まず。
安眠へと誘うかのような心地よさに、うつらうつらと目隠しの下にある瞳に瞼を落とし始めた。


「……朕の枕になることを、そなたに許す」
「くっく……それは褒美になるのか?」

まあよい、と笑いをこらえきれずにハデスは呟き。
人間の寝言のごとき言葉を受け入れた。



褒美を進ぜよう
その日、神の胸が人の枕になった。


end
(2022/02/10)
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