ハデ始

「――冥界の王よ、朕は謝罪を要求する」

厳粛なる気迫に満ちた始皇帝は、神に向かい静かに言葉を告げた。
腕を組み仁王立ち姿でいる人の子に対し、まさかここまでの事になるとは思わず。
ハデスは少しばかり視線を外したい心地のままに、相手の言葉を真摯に受け止めていた。


「朕に断りなく! 朕の背中に指を滑らせた事へ! 謝罪を要求する!」


何億年となく存在する神として大人気ない行為ではあったとの自覚はある。
ただ、日頃から常に晒されている始皇帝の背を眺めていたら。
ごく自然と指がその背へと向かい。
そのまま、上から下へと――

ふとした出来心だったとは、とてもではないが言えない空気だった。

生前を含め皇帝の玉体に、そのような蛮行をする者はいなかったらしく。
一瞬、己が身に何が起こったのか理解ができず、始皇帝は混乱の極みに至り。
冥界の王であるハデスもまた、始皇帝がそれほどに反応するとは思わず、目を見開く結果となった。

悪かったと、思わなくもないが。
そこまで反応をするのであれば、無防備でいる方も悪いのではと引っかかる所もあり。
粛々と人の子からのお叱りを受けながらも、神は図太き思考のままだった。



「何か言いたい事はあるか、『冥界の王』ハデスよ」

一頻り神へと説教を説き終わった頃合いにて。
神が黙って人間の話を聞いていただけでも奇跡と呼ばれるだろうが。
一向に何も言ってこないハデスに対し、流石にしびれを切らせた始皇帝は問いかけ。

王のくせに下らない事をするなと言わんばかりに強調された棘のある問いを受け。
人間からすれば唐突ともいえる程の変わり身の早さでハデスは始皇帝を掻き抱いた。


「余が断りを入れれば、その背に触れても構わぬのだな?」


無遠慮にも背に触れてきたハデスの手に、驚きからか別の理由からか始皇帝は僅かに身を震わせ。
話を聞いていたのか甚だ疑問な神に向かい言葉を発した。


「……朕は事後承諾は認めぬぞ」



王に説教
意味なき事の例え。


end
(2022/01/16)
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