REBORN!

「ヴェルデ……私は、二度と貴方とは関わりません」
「風?」


いぶかしみながらヴェルデが問い返すように名前を呼び、風の方を振り返るが、
その時はすでに風は踵を返して歩き出した後だった。

風が怒っていたのだと理解するのに、暫くかかった。
何が理由かは、わからなかった。
研究の片手間に、それとなく、ポツポツと続いていた会話を唐突に止めた風は、もう部屋にはいない。


「…………フン、理解しがたいな」


気まぐれに、その名のとおり風の様に出て行った風を、追いかけると言う選択肢は無かった。
片手間にしていた会話が無くなった分、これで研究に没頭できるとさえ思ったヴェルデは、中断していた研究に戻った。

その後も風は言葉にしたとおりに関わろうとしなかった。

無視をするならば、此方も別に無理に関わりはしない、そう決め込んだヴェルデは、ことごとく近寄ろうともせず、目を合わせようともしない風のことを、頭の中から排除した。
理由はわからないが、無視をしてくるのならば、無理には問い詰めない。
なぜなら、興味のあることならば幾らでもあり、問い詰める時間さえ惜しかった。

最優先事項はあくまでも自分が興味を持っているものだけであり。
ヴェルデにとって研究する材料は幾らでもあり、その中に風の考えを理解すると言う項目は無かった。



「ん? …………またつまらぬミスをしたものだ」

行っていた計算結果が随分と予想していた値より外れていたので見直すと、計算が一箇所だけ違っていた。
集中力でも切れているのかと疑問に思いながら、計算ミスをした所を訂正したヴェルデは、手を止めて考え込んだ。

「睡眠不足か? ……いや、必要な睡眠は足りているはずだ」

推測を言っては否定するが、なかなか答えにたどり着かないことに舌打ちをしたい気分だった。

「栄養が足りていない……否定はできそうに無いな」

そう言えば、まだ昼食を食べていなかった、と昼時をだいぶ過ぎた時計を見ながら呟いた。

「まったく、私としたことが……」

今日一日だけで、やけにミスが多い気がした。
さらに、昼食を食べ忘れると言う失態を犯し、効率面から見れば最悪だった。
特に昼食が問題だった。
今からメニューを決めるにしても、面倒であり、時間の無駄にしか考えられなかった。

「いつもならば……」

いつもならば、こんな事にならなかったと舌打ちをした。
思い出すよりも先に食事を勧められ。
考える必要も無く、すでに風が用意していたのだから。
ため息をつき、目を細め暫く黙ってから、ヴェルデは立ち上がり歩き出した。



「チッ……またか」

風が関わろうとしなくなってから何日が過ぎたかは忘れた。
しかし、日ごとに悪化していくミスの連続に苛立った。
イライラとしながら、計算を止め、原因を探るように考え始めた。

「何が原因だ……」

考えるのは風のことばかり、食事を勧める風がいないせいで、食事のたびに時間をロスし。
関わらないのならば無理には追求しない、と決め込んだはずだった風の行動が気になり、
頭の片隅を占拠するせいで、つまらないミスばかり多くなる。

「…………原因以前の問題だったか」

すでに、答えは出ていた。

舌打ちをしたヴェルデは、気持ちを落ち着かせようと深く呼吸を整え、立ち上がった。
苛立ちの原因であり、今現在、不当にも人の頭の中に居座り続ける風を探しに、歩き出した。



「風、こんな所にいたのか」
「ヴェルデ……何の用でしょうか?」

木の近くで鍛錬をしていた風に近づいたヴェルデは声をかけたが、
風は軽く驚いたように目を見開いてから、すぐに眉を顰め、目をそらしながら言葉を返しただけだった。

「風、君は何を怒っている」
「貴方には……関係無いはずですよ」
「何故、私を無視する」
「ヴェルデ、用件がそれだけでしたら、私はもう行きますよ」
「私の質問に答えてからにしてくれ」

顔をそむけ、取り合おうともしない風の腕を掴み、ヴェルデは風を見すえながら言った。
腕を掴まれた風は、一瞬だけ止まり、外させるべきか悩んだ。
もとより、武術家である風にとって、ヴェルデが掴んできたとしても、外す手段は幾らでもあった。
しかし、ヴェルデが真剣に見すえてくるのを見て、掴まれている腕から力を抜き、軽くため息をついてから口を開いた。

「ヴェルデ……私は、貴方が望んだ事をしただけです」
「…………何を言っている?」
「貴方が私を要らないと拒絶したはずですよ?」
「そんなはずは無い」
「ヴェルデ…………私のことを好きだと言い切れますか?」


何の関係がある、と言いたかったが、悲しげな目で見てくる風に、言葉に詰まった。
いつもならば、さしたる期待など込めずに風は聞いてきた。
それが今、風は答えを求めている。

しかし、その問いに明確に答えることはできなかった。
好きと言う定義がわからなかった、好きや愛と言ったあいまいな感情の概念がわからなかった。
抱擁、接吻、性行為、それら全てをしたいほどだと相手を見ればいいのか。

何をもって相手が好きだと定義するのか、それが……わからなかった。


「ヴェルデ、答えられないようでしたら手を離していただけませんか」


けれど、定義も、概念もわからないが、風がこのまま……自分を無視し、近くにいないことだけは嫌だと思った。

「好きか……と、問われれば分からないとしか言い様がないが、私は……」

言葉を区切り、非常に不快そうに顔を歪めながら、ヴェルデは捕まえていた風の腕をさらに強く握った。


「……私は、君がいないと調子が狂う」


わかったら早く、いつもの様に私の傍で、お茶でも点心でも何でもいい、とにかく定位置に、私の傍にいてくれ、
と訴えるように言うヴェルデの言葉を聞き、目を見開いた風は、頬を赤くし、掴まれていない方の手で顔を覆い俯いた。

「風?」
「ヴェルデ……あの……貴方は私がいないと調子が狂うのですか?」

蚊の鳴くような声で問う風に、君は何を聞いていたんだ、とヴェルデは憤慨したように返した。

「不本意だが、ここ最近、君が私を無視してくるせいで、私はつまらないミスをし普段の半分も効率が落ちてしまった」

君のことばかりが頭を占領していたせいもある、と堂々と言うヴェルデに、体を震わせていた風は、堪えきれずにヴェルデを抱きしめた。

「何をする、風!!」
「ヴェルデ、私も貴方のことが大好きです!」
「何を聞いていたんだ君は!?」

嬉しさを体現しきれずに、痛いほどにヴェルデを抱擁する風は、事の発端となった理由を忘れ、ただヴェルデの告白を喜んだ。


「しかし、君は何を怒っていたんだ?」
「すんだ事は気にしないでください」

顔をほころばせ、この世の春が来たかのようにホワホワとした空気をまとう風は、ヴェルデが望んだとおりに、点心を机に並べ、お茶を淹れていた。

「理由を聞かなければ、到底私は納得ができない。私が、また君のことを気にかけ、他がおろそかになっても良いと言うのか?」

真剣な表情で見上げてくるヴェルデに対し。
愛しい人の質問に答えるべきか、答えずに自分のことばかり考えてもらうべきか、やや片方に傾きがちな心の天秤を前に、風は悩んだ。



たとえ不器用でも
貴方のことが大好きです。


end
(2010/05/24)
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