ハデ始

「朕はここに来るまでに菓子を配り切った! ゆえに其方に渡す用の菓子はない!」
「――随分と開き直った宣言をするものだな、人の王よ」

少なくともハロウィン当日に胸を張って言うものではない。
あっけらかんとした調子の始皇帝を前にハデスはやや皮肉気に笑った。
戦乙女達が小賢しくも用意していた菓子を配り切ってきたとは。
危機感というものが欠片たりともないのかと。


「無い袖は振れぬからな。先に言っておくべきであろう?」
「今、余が問いかければ貴様に選択肢はないと分かっているのか?」
「無問題。どの様な悪戯であろうと朕は耐えてみせる!」

煮るなり焼くなり好きにせよとばかりに始皇帝はニッコリと笑い。
その何処までも情緒のない晴れやかな態度にハデスは呆れた。

「丸腰の相手に問いかけるほど余は鬼畜生ではない」
「好! それでこそ冥界の王だ!」

もとより菓子か悪戯かの問いかけなど余興の一種。
ハロウィンにちなみ菓子類が多く用意された席にて茶を飲み語らう事こそ真の目的。
部屋に入って早々に席についた始皇帝は、空のバスケットを横に置き。
即、飲み物を持ってくるよう注文をつけた。


「道中で会った人類代表達へでも渡していったのか?」

用意された菓子へと始皇帝が遠慮なく手を伸ばしていく中。
カボチャを模した空のバスケットに関しハデスは問いかけた。

我が道を行く始皇帝の性格を考慮し、戦乙女側は多めに菓子を持たせていると聞いていたが。
それほどまでに人類代表の人間達と遭遇したのかとハデスは疑問視し。
菓子へと伸ばしていた手を止めて始皇帝は答えた。


「うん? いや、名も知らぬ者達だったが?」

離宮への道中、行く先々で問いかけられたのだと始皇帝はハデスへと来る途中の出来事を話し。
始皇帝の方向音痴ぶりを差し引いたとしても引っ掛かり所のある話に、ハデスは眉間にシワを刻んだ。
それは本当に、ハロウィンというイベントに浮かれた神々だったのかと。


「来年は余の方でコイン型のチョコでも用意しておく。道中に立ちはだかる凡百の神へ一枚ずつ渡してゆけ」
「不好。一枚ずつとはケチくさいぞ」
「愚か者、十分だ」


からかい混じりに人間へと菓子をせびるような凡百の神など幼児にすら劣る。
そのような凡百の神用ハロウィン菓子に、慈悲の心など与えるだけ愚かしい。

冥王ハデスが厳格なる口調で言葉を紡ぐ中。
菓子を食しながら聞いていた始皇帝は見当外れにも考えた。
もしや存外と、貰う予定であった菓子を冥界の王は楽しみにしていたのかと。



チョコ金貨一枚
「という訳で、来年はハデスがコイン型のチョコを用意するらしいぞ、アルヴィト!」
「それって、あんたに絡んできた神々に対しての地獄への片道切符代にならない…?」


end
(2022/10/07)
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