断片話

◆周囲にて
(ハデ始)

「実に――人間にとって都合のいい王だったのでは?」

皮肉でもなんでもなく、ただ事実をヘルメスは述べた。

中華における神代を終わらせ、歴史を人の手に渡した始まりの王。
惑わず、曲げず、頼らず、民の先頭を歩み続けた彼の者の背に。
どれだけの人間が希望を幻視したことかは、あずかり知らぬ事。

神よりも神らしく、人間の上に立ち続けた人の王は。
その命を毒によって散らしたらしいが。

果たして、その後に現れた王を名乗る者達は。
彼の者以上に人間にとって都合はよかったのか。
そんな疑問すら浮かぶほどに、人間にとって都合がよすぎる存在だったのではと。


「ふん、オレには到底そうは思えぬが?」

ヘルメスの言葉を聞いていたアレスは不機嫌そうに言葉を紡ぎ。
繊細な装飾が施された小さなカップの紅茶を飲み干し。
始皇帝を思い出して苦々しげな表情を浮かべた。

あれの何処が他者にとって都合がいい存在に見えるのか。
尊大、不遜、傍若無人、神を畏れぬ不敬者にして我儘の化身ではないかと。

「ハデス様も、何故あのような人間の我儘を許すのか」

まったくもって意味が分からぬものだとアレスは零し。
ヘルメスは苦笑ともつかない笑みを浮かべ、窓の外の光景へと視線を戻した。


(2022/01/05)
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