萌語り:ハデ始

◆かけがえなき存在
(ハデ始)

ハデスが度々と愛弟の事を引き合いに出すので。
夜の褥で他の者を引き合いに出すとは大変にいい根性をしているものだと。
その愛弟とやらの代わりとして抱くつもりかと皮肉った始皇帝とか。

そして、代わりになどなる訳がないだろうとハデスに返される。

神様的には、求めているのは始皇帝のみだったので。
代わりとして抱いてる訳でもないので至極真面目に返しただけだったが。
言い方が悪かった。

代わりになどなる訳がない=それより下の価値しかない、としか聞こえず。
自分は誰かの代わりにすらなれないほど下の存在なのかと心にグッサリと刺さり。
必要とされないのには生前から慣れていたはずだったが。
初めて辛いと思った始皇帝とか。

自分が必要とされていたわけではない。
誰でもいい、誰でもよかった、誰かでも構わなかった。
そうか、と小さく返答が口から出るが、胸の内の痛みは引かない。

人の子が呆然としている事に気付かず。
一応の納得の意を口にし大人しくなった始皇帝に対し。
愚かな質問をするなと追い打ちのように言葉にするハデス。

その後、妙に始皇帝が大人しく従順な事に違和感を覚えるが。
気のせいかと流した冥界の王は、すれ違いが起きていると気付かない。

元より誰かの代わりなどではなく、どうでもいい存在でもなく。
いまだに神が人を壊さないのが奇跡のようなものだったが。
それを知らない人の子にとってみたら。
言い方も悪ければ間も悪かった。

代わりにすらならないモノを抱くとは物好きなものだと思う始皇帝。
ならば別のモノでもいいだろうとは思うが。
ハデスが他のモノを抱くのかと考えると、あまり気分のいいものではなく。
だったら抱かれている方が幾分かましかと考えた。

妙に始皇帝が大人しく従順になったと神は思ったが。
どちらかというと、自分が必要とされている訳ではないと知った人の子が。
望まれた事を望まれたように返すようになっただけ。
その方が楽で、たまに痛む胸の内以外、問題は無い。

弊害として、誰に対しても望まれた事を無意識に返すようになる始皇帝。
ムードメーカーとしては一級品で、楽し気な始皇帝の近くは居心地が良い。
そんな始皇帝の周囲には何かと誰かしらの人類代表達が側にいるようになる。

最近の始皇帝に対して、少しばかりの違和感はある人類代表達。
確かにいつになく楽し気ではあるが、無理をしてはいないかと。

誰も側にいない方が今の始皇帝にとっては良い事かもしれないが。
だがしかし、一人にさせておくのも悪手に思え放置もできず。
少しばかり困り果てる周囲の人類代表達。

愚痴なりなんなり吐き出してくれる方がまだ救いようがある。
原因としては神様関係だろうなとは予想してる。

無理をしていないかとの周囲の予想は当たっていて。
けれど始皇帝自身は無理をしている自覚はなく。
気付かない内に心ばかりが疲弊していき。

そんな中、ふらっと始皇帝が立ち寄ったのは呂布の所で。
世間話ついでに心の休息を求め背を預けてきた始皇帝に気付き。
我は何も望まん、と雷神以外になど興味がない呂布は言い。
誰かの代わりにすらならない事を、この場でだけは心から安堵する始皇帝。
そのまま軽く眠りについた始皇帝に対し、起きるまでは動かないでおいてやる呂布。
理解はできん、理解しようとも思わん、だが今だけは背を貸してやると。

薄氷のごとき日々は、神によって崩される。

始皇帝が他の人類代表共と仲良くしている事にハデスが苛立ち。
軽い束縛と執着を人の子へと見せた事により。
神に望まれた事を望まれたように返そうとしてしまった始皇帝が処理落ちし。
心の全てすらも奪い取っていこうとする神に対し、これ以上を求めるなと零す。
それは、冥界の王にとっては人間からの拒絶に聞こえてなおさら苛立つ。

神が見せる束縛と執着が理解ができない始皇帝。
これ以上を求めるな、とは神に向けた言葉でもあり自分に向けた言葉でもある。
代わりにすらならない存在だと思っているなら、これ以上を求めるな。
代わりにすらなれない存在だと知っているなら、これ以上を求めるな。

もっとも、神にとっては人間の機微など関係はなく。
全てを踏みにじった上で、奪い取っていく。

朕の代わりなど、いくらでもいるだろ、と疲れ果てた末に人が皮肉れば。
貴様の代わりなど何処にいる、と冥界の王は返す。

余が求めているのは貴様だけだと神に言われ。
相手へと抱き着きながら、夢うつつのままに目を閉じる人の子。
随分と都合がいい夢だと、嬉しさから相手に告白をする。
その一つ一つ全てが神に聞きとめられているとも知らずに。

勘違いした人間が悪かったのか。
勘違いをさせた神が悪かったのか。

墓穴を掘るだけ掘って寝落ちする始皇帝。
相手とすれ違っていたことを今知ったハデス。

以降、冥界の王が愛弟を引き合いに出すことはなくなるが。
代わりに、度々と相手に告白したことを蒸し返される始皇帝。


(2021/11/27)
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