小話
2011/8/25
【酒盛り】
「のらないものはのらない、鏡斎がそう言うなら仕方ない哉」
「柳田サン、あんた甘やかし上手だねぇ」
「事実だからしかたないから哉?」
首を傾げながら此方を見てくる柳田。
笑みを浮かべる柳田に対し、鏡斎は目を伏せて自分の空いた盃に手酌しで酒を注いだ。
甘やかされている。
それも抜け出すのが嫌になるほどのぬるま湯に。
〈山ン本さん〉のために無条件で許しているだけなのか、それとも……
何にしても、絵と言う見返りを求められるだけまだましだと思った。
【酒盛り2】
「鏡斎、そんなに飲むと潰れるよ?」
柳田に言われ気がつけば、一升瓶の半分以上が無くなっていた。
美味い酒なのに勿体ないことをした、と何処か他人事のように酒瓶を眺めた。
「それとも、もう酔っているの哉?」
「……酔ってるかもな」
返答をすればクスクスと笑われた。
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8/26
【酒盛り3】
「なあ、柳田サン」
「何哉? 鏡斎」
眠いなら今夜はもうお開きにしようか、と続けて問いかける相手。
気遣い、優しさ、自分に向けられる相手の感情を素直に信じられれば、どんなに良かったかと思った。
「オレは時々……」
――あんたの事が怖くなる。
end
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8/27
【庭】
庭の様子を見回し、圓潮は柳田に向かい声をかけた。
「いつ来ても此処は風流だネ」
どう見ても荒れた庭にしか見えない。
それを風流だと言い切る圓潮に柳田は軽く目を細めた。
「……本気で言ってますか?」
「あ? 柳田にはそう見えないのかい?」
風情が無いね、と落胆するように圓潮は呟いた。
「これは家の主に聞かないといけないネ」
庭でこれだけ会話が続いてもまだ気付かない人物を眺めて続けた。
「さて、風情が無いのはあたしか柳田か、どっちだろうネェ?」
一つ賭けでもするかい、と訊いてくる圓潮に柳田は苦笑した。
「きっと負けますよ? ――貴方が」
「おや、随分な自信だネェ」
end
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8/29
【圓鏡】
いきなり手首を掴まれた事に驚き、鏡斎は筆を取り落としそうになった。
「ああ、だいぶ細くなったネェ?」
飄々とした口ぶりで言う圓潮は明らかに面白がっていた。
「ちゃんと食事はしないといけないよ?なにしろ、噺の要を作る役だからネ」
ゆっくりとなぞるように指を這わせ。
耳元で一言一句がよく聞こえるように圓潮は囁いた。
「不摂生で倒れられるとあたしがとても困る。やっぱり、もっと手元に置いておいたほうが安全かネェ?」
さて、どうしようか、と問いかける圓潮は軽く目を細めた。
end
【説明者】
「絵を描きに戻ってもいいかい、柳田サン」
「まだ現実逃避はして欲しくない哉」
逃げ出す準備が出来ている鏡斎を柳田は止めた。
「……オレもうあいつに説明すんの嫌だ」
「そんな事言わずに根気よくやろう」
疑問符だらけで座っている雷電を横目で見て鏡斎は頭を掻いた。
end
【腕枕】
「大丈夫かよ鏡斎?」
雷電の腕を枕にしたのは間違いだったと鏡斎は首元に手を当てながら考えた。
「骨ばってて痛いな」
「お? まあそうだろうな!オレの腕は世界一硬いからな!!」
「いや、ほめてない」
end
【事実】
「雷電の腕枕は硬くてオレの趣味じゃなかった」
「どこでいつ腕枕が硬いと知ったの哉?」
「柳田サン、掴んでる腕が痛い」
「言ってくれればボクがいくらでも腕枕をしたのに!!」
悔し涙を流す柳田に、鏡斎は若干引いた。
「……じゃあ、今度で」
end
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8/30
【運び方】
「寝てんのかよ鏡斎?」
ズカズカと縁側から入り込んだ雷電は紙に囲まれて横になっている鏡斎へと近づいた。
「圓潮が呼んでこいって言ったのによ」
どうするかと悩んだ末、雷電は思いついた。
「お! なんだ話は簡単じゃねぇか!!」
我ながら冴えてるぜ、と自画自賛をしながら行動に移した。
「連れてきたぜ、圓潮」
「おや、早かったネ、雷……」
雷電を見た圓潮は額に手を当てて、ため息をついた。
「とりあえず、降ろしてあげなさい」
米俵よろしく担ぎ上げられている鏡斎がまだ寝ている事を、ある意味奇跡だと思った。
end
【体格】
「しっかし、オレ以外の全員が細いよな」
飯食ってんのかよ、と問う雷電に圓潮達は微妙な顔をした。
「あたし達が細いネェ?」
「……普通だろ」
「自分が規格外な事に気付いてないの哉?」
ヒソヒソと話し合う3人はむしろ雷電が異様にでかいだけだろとは面倒なので言い返しはしなかった。
end
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8/31
【恋人】
「鏡斎、恋人がいるって本当かよ?」
「……恋人?」
雷電からの問い掛けに鏡斎は少し考えてから思い当たった。
「ああ、絵の事か」
「やっぱりそうだよな!!」
お前ならそう言うと思ったぜ、と満面の笑みで雷電は言った。
そんな2人のやり取りを廊下から眺めていた圓潮は視線を外し、廊下の片隅で落ち込んでいる人物を見た。
「柳田、そこにいると通行の邪魔だよ? ――と、聞こえてはいないネ」
やれやれ、と圓潮はため息をついた。
「鏡斎、ボクは恋人じゃなかったの哉……」
end
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9/02
【猫】
茶の間にいる猫達を眺め柳田は口を開いた。
「鏡斎」
「なんだい、柳田サン」
「猫が来るのを許すのは良いけど、自分の食事は確保しよう哉」
言っている傍から鏡斎の食事を掠め取っていく猫達。
猫が集まる理由の半分以上は、食べ物を盗りやすい家主が原因だと思った。
end
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9/03
【道中】
だいぶ遅れている鏡斎の歩みに、柳田は立ち止まった。
「大丈夫哉?」
「鏡斎、疲れたならオレが運んでやるよ」
雷電はしゃがみ込んで、早く来いよと促した。
目の前で腕を突き出され、鏡斎は軽く瞬きをした。
「いや、自力で歩け「少し待って欲しい哉。鏡斎はボクが運ぶよ」
「柳田サン、オレはまだ自力で「でもよぉ、オレなら片腕で運べるぜ?」
雷電の行動に、隣にいた珠三郎が頬を膨らませて雷電の服を引っ張り自己主張した。
「何だよ珠三郎? お前も疲れたのか?」
「ほら、ボクが鏡斎を連れて行くから、そっちはそっちで勝手にやってくれる哉?」
「いや、2人ぐらいなら楽に運べるぜ!」
片腕に一人ずつ腰掛ければ出来る、と主張する雷電に柳田は眉間に皺を寄せた。
「それだと宿につく前に疲れきるよ?」
四の五の言わずに諦めろ、と柳田は無言の圧力をかけた。
それでも空気を読まない雷電は反論をし始めた。
そんな、人の話しを聞かない人物達を眺めてから、鏡斎は我関せずとばかりに歩き出した。
end
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9/04
【縁側にて】
これもこれで良いものではあるけれど、と考えてから口を開いた。
「出来れば逆がよかった哉」
よく眠る鏡斎に向かい言った柳田は、膝枕を続けながらほろ苦く呟いた。
「そろそろ足が痺れてきたよ、鏡斎……」
end
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9/05
【傍観者】
「じゃあ、柳田が来ない方が良いんだネ?」
「ああ、柳田サンが来ると迷惑だ」
「そうかい」
珍しい事だと思った。
それとも、これは考える事を放棄したいからかと考えた。
余計な感情はいらないと思った末の鏡斎の答えなのかと。
「――柳田に伝えておくよ」
end
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9/06
【おやつ】
「たまには全員で食べるのもいいものだネ」
「圓潮! 柳田の奴がいないぜ!!」
「柳田は噺を集めに遠出してるから仕方ないんだよ」
サラリと雷電の質問に答える圓潮。
黙々と葛桜を食べていた鏡斎はポツリと呟いた。
「むしろ計画的に柳田サン抜かしてないかい?」
end
【おみやげ】
「味はどうだい?」
「きな粉の味がして美味いと思うぜ圓潮!鏡斎はどうだよ?」
「わらびもちの味がするな」
「……別の味がしたらあたしが逆に驚くよ」
感想を期待したのが間違いだった、と圓潮は遠い目をしてため息をついた。
「まったく、買ってきたかいがないネェ」
end
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9/10
【警告】
「柳田、暫くは鏡斎に近づかないでおくれ」
言われた言葉に驚き目を見開く柳田を圓潮は冷めた目で眺めた。
「待ってください、圓潮師匠。何故ですか?」
「お前さんが行くと調子が狂うらしいから」
鏡斎本人が言っていたよ、と続ければ傷ついたように柳田は悲しそうな顔をした。
その後、柳田が噺を集めに出かけたのを見やり、圓潮は目を細めた。
「眺める分には楽しい事だけどネェ」
色恋沙汰も好ましいものではあるが、腕が鈍られては困る。
「まあ、事あるごとに〈山ン本さん〉と比べられたら、いい気はしないのは確かだよ、柳田」
無意識だからなお厄介だ、と一人呟いた。
end
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9/12
【好み】
「オレの好みか……出来れば色白で、絵が描きたくなるほど背中が滑らかで、顔も美人の部類」
「鏡斎ッ、それってボクの…!」
「それからオレより年下」
最後の一言にズンと沈み込む柳田。
「たしかにボクの方が年上だけど……でもッ」
「柳田、そこで落ち込まない。鬱陶しいネェ、まったく」
「ハードル高いな鏡斎は!で、圓潮はどんなのだよ?」
「あたしの好み?しいて言うなら大人しくて、あたしの為に尽くしてくれる人物」
「うおっ、意外と圓潮亭主関白だな!?」
「まあ、冗談だけどネ?」
「冗談かよ!!」
「……ボクには訊かないの哉?」
「ああ、柳田は言わなくていいぜ!」
「柳田サンはそれ以上口を開かなくていい」
「まったくだネェ」
「何でボクだけ言わせてくれないの哉!?」
「「「どうせ〈山ン本さん〉だから」」」
「そんなッ…!」
息の合った答えに柳田は崩れ落ちた。
「あ?でも今は色々分かれてるからどうなんだ?」
「雷電。その中でも何とかフェチだとか言い出したらどうする気だい?」
「骨の髄まで好きとか言ったら怖いな」
「うっ!? 鳥肌が出る表現やめろよ鏡斎!!」
「むしろ絵を描く姿に惚れたとか言うかも知れないネ」
「……」
「おっ! 鏡斎スゲー顔だな!」
鳥肌を立てたのを忘れ大笑いをする雷電。
その笑い声に鏡斎は立ち上がって雷電に近づいた。
近づく鏡斎が持つ筆に雷電は顔が引き攣った。
「おい!? ちょっと待て、鏡斎!! 悪い!オレが悪かった!!」
「心配するな、雷電……今よりもっと男前にしてやる」
「ぎゃぁあAAあああ!!」
end
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9/14
【怖い話】
「オレの怖い話は、オレが鏡斎の家に泊まった時だった」
「どうして君が鏡斎の家に泊まったの哉?」
雷電に目だけは笑っていない顔で質問をした柳田。
その様子を圓潮は諌めた。
「柳田、礼儀として話の腰は折らない。雷電続きを」
「おう。で、一緒の部屋に寝てたんだけどよぉ」
「鏡斎と一緒に寝たなんて!」
嘆くような柳田の声に、圓潮は頭が痛いとばかりに額に手を当てた。
次いで鏡斎へと視線を向けた。
圓潮に促され渋々立ち上がり、鏡斎は柳田の口を後ろから塞いだ。
「柳田サン、少し黙っててくんな」
「鏡斎ッ、首が痛い哉……」
「それから、ふと目を覚ますと隣に鏡斎がいなかったんだ」
いなくなった相手を探していると、何処からか一定の間隔で音が聞こえてきた。
その音を頼りに歩いていくと、蝋燭の灯りが漏れる部屋。
ぼんやりと蝋燭が照らす先に見たのは……
「そこには硯で墨を磨る鏡斎がいたんだよ!!」
しーん、と沈黙を返す室内。
あまりの反応の無さに雷電はキョトンとした。
「怖くないのかよ!? あの鏡斎が墨磨ってんだぜ?!」
「雷電。あたしは笑い話をしろとは言ってないよ?」
「圓潮! あの時オレは生きた心地がしなかった!!」
「……はいはい」
聞き流すように圓潮は相槌を打った。
「鏡斎、何で夜中に墨を磨ってたの哉?」
「夜中に唐突に描きたくなった」
「やっぱりオレに描こうとしてたな鏡斎!!」
「誰が来ないもんに描くかよ」
「それは雷電にとって嬉しい事なのかネェ?」
end
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9/21
【他人事】
大福を頬張りながら雷電は質問した。
「圓潮ってたまに柳田に対して厳しいよな?」
「おや、よく見てるネ?」
「何であいつだけだよ?」
「そうだネェ、たとえて言うなら…」
「あッ! 鏡斎テメェ!! 最後の大福をぉおOOおお!」
「早い者勝ちだろ」
「半分! せめて半分よこせ!!」
「もうない」
「今半分残ってただろ!? 口に詰め込みながら言うなよ!! 吐け! 吐いてでもよこせ!!」
そ知らぬ顔をする鏡斎の襟元を掴み揺する雷電。
「たかが大福一つで大声を出さない」
「いてぇ!?」
雷電の頭を扇ではたいた圓潮は仕切りなおして言葉を続けた。
「あたしが柳田に厳しいのは反応が面白いからかネェ」
「……悪魔がいるぜ、鏡斎」
「此処にいる全員妖怪だろ?」
「ん? それもそうだな!」
ヒソヒソと話す2人を無視して、圓潮は部屋の入り口を指し示した。
「具体例はアレを見れば分かるよ」
視線を向けた先には、いつの間にかいた柳田。
「ボクがいない間に皆だけでお茶の時間なんてッ…!」
声をかける暇もなく悔し涙を流し走り去る相手。
圓潮は笑みを浮かべながら雷電と鏡斎に対して言った。
「ほら、あの反応がネ?」
「あーまーたしかに」
「柳田サン過剰反応だからなぁ」
end
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9/23
【例え話】
「鏡斎の事をどれぐらい好きか?
そうだね、髪の毛一筋にいたるまで独占したいぐらい哉、具体的に言うと「それ以上言わなくていい、柳田サン」
「今からだったのに?」
不思議そうに聞き返す柳田。
その言葉に鏡斎は止めて正解だったと思った。
「柳田サン……たまに愛が重すぎる」
end
【事実】
「鏡斎! 珠三郎の奴がオレの事バカにすんだよ!!」
そこまでバカじゃねぇのによぉ、と叫びながら雷電は鏡斎へ後ろから抱き付いた。
筆が乱れた鏡斎は振り返りながら呟いた。
「……バカだろ」
「鏡斎テメェ!!」
「こら、雷電。鏡斎が筆を持ってる時は邪魔をしない」
「鏡斎が筆持ってない時なんていつだよ圓潮!? こいつ四六時中持ってるぜ!」
「だから、基本的に邪魔するなって言われたんだろ」
そう言う所がバカにされる理由だろ、と呆れながら鏡斎は頭を掻いた。
end
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9/26
【必需品】
「鏡斎、何で鞭の使い方がそんなに上手いの哉?」
「は?」
「さすがのボクでもSMはちょっと未知だけど、でも鏡斎が望むなら!!」
「動かずに物を引き寄せる事ができるのが便利で多用してたから上手いだけだ、柳田サン。それと、話が飛びすぎる話し方は止めてくれ」
end
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9/29
【完璧主義】
「鏡斎、確かにボクは待つとは言ったけど、さすがに徹夜とは思わなかったよ」
「ああ、悪い柳田サン。後もう少しでできる」
「それは何十回目の言葉哉?」
end
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10/08
【囲い者】
「真っ当に稼いでるのは組内であんただけだな」
「そうだネェ」
「……オレはヒモ?」
「鏡斎。妖怪を産み出せるのはお前さんだけだから、そんな事を気にしなくてもいいんだよ」
end
【嫌気が差す事】
「鏡斎、やっぱり意味が分からねぇ!!」
「そうか、じゃあ猿…じゃないゴリラにでも分かるように今から説明し直してやる」
「おう! 頼むぜ鏡斎!!」
「……皮肉も通じないのかよ」
end
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10/13
【電話】
「はい、こちら青蛙『あたしメリーさん。今、貴方の大切な人の後ろにいるの』
一方的な女性の声が聞こえたきり途絶えた電話。
黒電話の受話器を戻した柳田は、すぐに足早に歩きだした。
「柳田、さっきの電話は誰「圓潮師匠。鏡斎の所に行ってきます」
「そうかい、気を付けて行っておいで」
肩で息をする柳田を眺め、鏡斎は軽く目を瞬かせた。
「早かったな、柳田サン」
「全力で走ってきたから哉」
「絵が出来た事を知らせる電話は迷惑だったかい?」
「鏡斎……心遣いはとても嬉しいけど、こう言う呼び出し方はやめよう哉」
心臓に悪いから、と荒い息をつく中、柳田は呟いた。
end
【不毛】
鏡斎との間を扇で遮りながら圓潮は問いかけた。
「鏡斎、あたしの顔を見て何か楽しい事でもあるかい?」
「たまには違った事でもすれば来るものがあると思った」
「違った事ネェ……たまには縛られて服を剥かれる側にでもなってみるかい?」
「……それは断る」
end
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10/14
【楽しみ事】
「鏡斎。あたしを煽ってるのを自覚しているかい?」
「……あんたなら、別にいい」
面倒そうに答える相手に、問いかけるように訊いた。
「相手なら、都合のいい人物がいるだろうに」
「柳田サンとオレ達は違うだろ?」
「それでも、わざわざ此処まで来なくてもいいと思うけどネェ?」
相手を引き寄せ口付ければ馴染んだ墨の匂いがしてきた。
わざわざ自分の所に来た相手を逃がそうとは思わない。
それ以上に、部外者を選ぼうとしないのはお互い様でもあった。
「仕方がないから付き合ってあげるよ。お前さんが満足するまで」
「あんたが、の間違えだろ?」
「それはどうだろうネ」
end
【快楽か苦痛か】
「奥まで突かれるのが好きなのに逃げるのは何でだろうネェ?」
「さぁ……」
「こんなに淫らに銜え込んでるくせに、不思議でたまらないよ」
「……ッ」
逃げようとするのを押さえ込み、奥深くまで入れながら圓潮は呟いた。
「嗚呼、ほら。また逃げる」
快楽か苦痛か、どっちが欲しいのか分かりゃしない。
end
【温泉】
「鏡斎! むこうは女湯だぜ!!」
「……そうか」
「雷電、鏡斎、女湯は覗こうとしない」
2人の行動に圓潮はため息をついた。
「柳田も傍観してないで少しは2人を怒りなさい」
「圓潮師匠、ボクは傍観なんてしてません。鏡斎を視姦していただけです」
「……聞く相手を間違えたネェ」
end
------
10/18
【欲求不満】
「ちょっと待てよ鏡斎! 何してんだよ!?」
「黙ってそこに胡坐かいて座ってろよ」
抵抗したら踏み潰すぞ、と雷電の中心に足を置きながら鏡斎は脅しをかけた。
蛙が潰されたような声を上げてから雷電は慌てて訊いた。
「理由言えよ鏡斎!!」
「……圓潮も柳田サンも最近遠出してるだろ?」
「お、おう! そうだな!!」
圓潮は地方の講演へ、柳田は噺を集めているため最近見てはいない。
だが、それとこれと何の関係があるのかと雷電は自分の肩を掴んでくる鏡斎を見上げた。
「だから、お前のコレ使わせろ」
「どう関係してるんだよぉおOOお!?」
そんな説明で分かるかと雷電は叫んだ。
end
【仲裁役】
「圓潮も柳田サンも、自分達の留守中は勝手に出歩くなって言ってくる。破ってもいいが、後々面倒なんだよ」
「それって、破るとお仕置きとか称してあーんな事とかヤられちゃって事?」
「……行動全部を止められる」
「欲の塊のあたし達にとっては一番つらいわねぇ?」
「分かったらソレ使わせろ」
「イヤよ。一回気持ちいいこと知ったら頭の中それだけになっちゃうでしょ」
ただでさえバカなのに、と憂い気にため息をつく珠三郎。
ソレ扱いされた雷電はいまだに話の内容が理解できず疑問符だらけのままだった。
「結局どう言う理由だよ!?」
end
【川の字】
敷かれた布団を見て柳田は叫んだ。
「ボクだけ一人哉!?」
「柳田、煩いよ。お前さんが真ん中がいいと言ったからこの配置にしたんだよ?」
「圓潮師匠! 鏡斎までボクから離れてるのは何故ですか!?」
「夜中に絵が描きたくなった時に枕元を歩かれないように鏡斎の配置は端にしておいたよ」
「そんなッ! 鏡斎はそれで納得したの哉!?」
「……柳田サンより、圓潮の方が静かそうだからなぁ」
「要望を考慮した結果の配置だよ、柳田」
「せめて鏡斎だけでもボクの隣に!!」
「煩いわよそこ! 夜更かしは美容の大敵なのよ!!」
「珠三郎、何でオレが柳田に近い方なんだよ?」
「防波堤役よ」
end
【王様ゲーム】
「両手に花だな!」
「……バカだろ」
「雷電、男を両膝に乗せても両手に花とは言わないよ。それから、柳田。羨ましそうにこっちを見ない」
悔しそうにしている柳田を圓潮は呆れた様子で眺めた。
「ボクも鏡斎をはべらせたい哉!!」
end
------
10/21
【冬の夜】
「あたしはお前さんの枕じゃないよ? 鏡斎」
息苦しくなり起きてみれば人に抱き着いて眠る鏡斎がいた。
こんなに密着して安心して眠れるのかと相手を眺めながら疑問に思い。
元が同じなのだから近くにいる方が安心するのかと考え直した。
「まったく、仕方ないネェ」
end
【疎外感】
「柳田サンだけが、何処にいるのか分からなくなるな」
「それが普通じゃないの哉?」
何気ない言葉に答えてから、鏡斎にとっては違うのだと思い出した。
それから、何故いまさらそんな事を問うのかと逆に不思議に思った。
「――ボクだけが分からないのは不安?」
end
【嫉妬】
「その口、塞ぎたいって言ったらどうする、柳田サン」
問いかけてきた鏡斎へと柳田は驚いた顔を向けた。
「どうしたの哉、鏡斎?」
「厭きた……あんたの口から他人の名前が出るのに」
近づき、なぞる様に相手の頬に手を添える鏡斎。
柳田を眺めながら鏡斎は再度問いかけた。
「柳田サン。ガムテープと猿轡、どっちがいい?」
初めての鏡斎からの嫉妬なのかと喜んでいた柳田は、その言葉を理解するのにしばらくかかった。
「……鏡斎、此処は雰囲気的に口付ける場面じゃない哉?」
「黒田坊黒田坊連呼して煩い柳田サンを黙らせるのに、何でそんな事するんだよ」
end
【傷】
引っ掻き傷、歯形、白い肌には不釣合いなものだと思った。
「痛くないのかい、柳田サン」
「鏡斎がつけた痕だよ?」
「そうだけどなぁ」
それをどうして隠そうとしないのかが問題だった。
「……今度はつけない様にする」
「鏡斎、そんないじらしい事をされるとボクの自制心が効かなくなるよ?」
end
------
10/28
【おつかい】
「墨と和紙と……後は」
「まだあるのかよ!? オレもう覚えきれねぇぜ鏡斎!?」
「……まだ2つしか言ってないだろ」
やっぱり柳田サンに頼むか、と面倒くさそうに鏡斎は呟いた。
end
------
10/29
【仕置き】
蝋燭の明りで照らされた部屋の隅。
縄で束縛をしておいた人物に近づき、相手の顔を扇で上げさせた。
「少しは反省したかい、鏡斎?」
「…………した」
鏡斎からの返答に、圓潮はさほど満足した様子もなくため息を吐く仕草をした。
本当に反省したのかと言いたげに口を開いた。
「あたし達は少しでも多くの畏を集めないといけない、それも今は水面下でゆっくりとネ。それをよく頭に入れた上で行動しなさい」
「……わかった」
怠そうに言葉を紡ぐ鏡斎。
それに対し、圓潮は目を細めた。
「もう一晩反省するかい?鏡斎」
その言葉は前の時にも聞いたネェ、と呆れたように続けた。
end
------
10/31
【万聖節前夜祭】
「……駄菓子?」
袋の中を確認した鏡斎は問いかけるように圓潮に視線を向けた。
「鏡斎。今日はそれを肌身離さず、服の中にも何個か仕込んでおきなさい」
何をそんなに、と思っていた鏡斎は納得したように呟いた。
「今日はハロウィンか……」
「雷電と柳田が来ると厄介だからネ」
end
【はろうぃん】
「鏡斎!! 今日はお菓子が貰える日なんだってな!!」
「……それで何で此処に来るんだよ?」
それから貰えるのは子供までだろ、と鏡斎は続けた。
「珠三郎はオレなら絶対に貰えるって言ってたぜ!」
「精神年齢的にな……」
end
【ハロウィン】
「柳田サン、菓子か悪戯か、どっちがいい?」
先手必勝のように問いかけ、柳田の反応を待った。
先に言葉を取られた柳田が驚いたのは一瞬。
次の時には満面の笑みで答えてきた。
「お菓子をあげた後で鏡斎に悪戯したい哉」
「……」
end
【切→鏡】
錆びた鋏の鈍い金切り音。
手応えの無くなった鋏を退け、地に落ちた顔を手に取り、ニタリと笑った。
「もっともっと、小生を畏れて欲しいでありマスねェ……」
もっと広く、人の心の奥深くまで、己を産み出した人物に名が届くほどに。
――あの目に映るのは。
「小生だけで十分でありマス」
end
------
11/02
【本音と】
「圓潮師匠、ボクは組内に必要ですか……」
「柳田、お前さんは組内になくてはならない人物だよ。だから、そんな事を考えてる暇があったら噺の一つでも集めてきなさい」
「……」
「おや、どうしたんだい柳田?」
「圓潮、本音混じり過ぎて柳田サンが思考停止してるぜ?」
「軟だネェ」
end
【嘘】
「鏡斎、言い訳があるなら言いなさい」
「……まさか本気にするとは思わなかった」
床に突っ伏し悲しみを体現する柳田を眺め、鏡斎は呟いた。
「少し嫌いだって言っただけなのになぁ」
分かりやすい嘘だろと訊く鏡斎に、頭が痛いと圓潮は額を押さえた。
「お前さんが言うと本気に聞こえるネェ」
end
【その先は?】
「鏡斎、その蝶結び解いてもいいか?」
「蝶結び?」
何の事だと鏡斎は雷電に問い返した。
期待に満ちた目で見てくる雷電。その視線の行き着く先は、自分の服。
「……解いて何する気だよ」
「もちろん脱がせるだろ!」
「直球だな」
爽やかな顔で言うなよと呆れながらため息をついた。
end
【出会い】
この世に産まれた瞬間、一番初めに見たのは一人の男だった。
満足げに笑みを浮かべる相手。
包帯の巻かれた頬に触れてきた男に、ずっと見入っていた。
浮かんだ感情は、目の前の人物を手に入れたい。
〈小生〉だけを見つめる男が、その手が、その顔が
――――欲しいと。
end
【産声】
「〈小生〉の物にしたいのでありマス」
手首を捕え、吊り上るような笑みで言い放ったのは、自分の描いた作品。
その行動に、心から満足した。
飢えた目で見つめてくる作品は、その場に押し倒してきた。
錆びた鋏を広げながら、欲にまみれた妖が囁いた。
「宜しいでありマシょうか?」
end
【馬が合わない】
「親の顔が見てみたいって言うのはあの事哉!」
様子を見に行った〈新作怪談〉妖怪の愚痴を帰る早々に言う柳田。
その言葉を半分聞き流していた鏡斎は軽い疑問を口にした。
「……柳田サン、その場合オレと圓潮のどっちになるんだ?」
「何が哉?」
「あいつらの親の顔が見たいんだろ?」
「それがどうして鏡斎と圓潮師匠に関係あるの哉?」
「圓潮が(噺の)種を撒いて、オレが(描いて)産んだから……実質的にオレ達が親」
「鏡斎……間違ってはないけど、生々しく聞こえるからその表現はやめて欲しい哉」
間違ってはないんだけどね、と遠い目をしながら柳田は呟いた。
end
------
11/03
【狂愛】
「〈小生〉だけを、その目に、その体に、刻み付けて欲しいんでありマス」
残虐に笑い、貪るように首筋に顔を埋めてくる相手。
此方の好む通りに、否、作りこんでおきながら好みも何もない。
乱暴に奥まで突き入れるのも、噛みちぎる様に痕を残すのも、全て望んだもの。
髪の毛一筋に至るまで、愛しい、愛しい、オレの作品。
「……とおりゃんせ」
手に入れたのは、どっちだったんだろうな?
end
------
11/12
【欲しいモノ】
悲鳴を聞き、恐怖に染まる顔を見る時の高揚感。
顔を無くした女を前に、自然と笑みが浮かぶ。
ただ、高揚感も一時だけの事。
それが過ぎれば、残るのは飢餓感だけ。
どれだけ顔を集めようと、満たされない、足りない、もっと欲しい。
錆びた鋏を閉じ、女の顔を仕舞い込みながら目を細めた。
「恨みたくなりマスねェ……」
こんな風に産んだ人物を。
唯一、自分の物に出来なかったあの顔を。
「〈小生〉の物にしていれば、少しは満たされていたでありマシょうか?」
end
【雑魚寝】
「お前さん達、自分達の寝床に戻りなさい」
「圓潮師匠、さすがに暖房器具なしは辛いです」
「……寒い、柳田サンもう少し寄ってくれ」
「ちょっと! もう少し詰めてよ雷電。あたしが入れない!」
「どうせならデッカイ布団買おうぜ圓潮!!」
「はぁ……仕方ないネェ、考えておくよ」
end
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11/14
【未満】
〈山ン本さん〉の〈腕〉を眺め、柳田は眉を顰めた。
根本的な欲が全て絵に向かっている人物は、絵を描き続けている。
食事も睡眠も、気にかける者がいなければ忘れている。
よくこの調子で今まで持っているものだと思う。
気を付けなければ、おそらくは餓死をする。
妖怪であったとしても、飲まず食わず、睡眠もとらなければ弱っていく。
その事を知らないのかと思うほどの様子。
声をかけようかと一考する間に、鏡斎が筆を止め振り返ってきた。
「……何の用だ、柳田サン」
邪魔をするなと目で訴える相手に、単刀直入に切り出した。
「鏡斎、また食事をとらなかったね?」
「またそれか? あんたも口煩いな」
「君一人の体じゃないから哉」
「……絵ならできてる。勝手に持っていけばいい」
「鏡斎」
「〈産む〉役は果たしてるだろ?」
干渉するなと言い捨てた相手は筆を持ち直し紙へと向かっていた。
組の為じゃないと言えたら、どんなに良かっただろうと柳田は目を細めた。
end
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11/23
【時系列無視】
「ねーその服貸して?」
「〈小生〉の服は貸出不可でありマス」
「ケチ」
頬を膨らませる少女に、男は不機嫌そうに返答した。
「どうしてもと言うのであれば、その顔を〈小生〉に暫く預けていただきたい」
「やだ!」
大鋏を片手に申し出る男に少女はパタパタと逃げ出し、傍で絵を描いていた鏡斎へと抱きついた。
抱き着かれた鏡斎は、少女の頭を軽く撫でてやってから男を見上げた。
「……あんまり苛めるなよ」
呆れた口調で鏡斎が言うと、男は慌てたように弁解した。
「元はと言えば、そこにいる少女が原因でありマス」
「それにしても、その鋏を出すのは大人げないだろ」
「貴方に貰った物を〈小生〉から借り受けたいなどと言うのが悪いのでありマシょう! たとえ、上着の一着、包帯の切れ端であろうと、〈小生〉の物は渡したくないのでありマス!!」
「……独占欲激しいな」
「しつこいのは嫌われるのにね」
「分かったらいつまでも画師に抱き着かないでいただきマシょうか」
「やっ!」
バチバチと火花を散らしあう作品達。
間に挟まれ、描きにくいだろと鏡斎はため息をついた。
end
------
11/29
【言葉足らず】
「服脱がすのはめんどくさいな!」
「随分と色気がある話だネェ」
「相手は誰だったの哉?」
「鏡斎」
「脱がす必要がどこにあったの哉!」
「落ち着きなさい柳田。雷電も少しばかり言葉が足りないよ。この間の様子見の話だろう?」
「おう、筆持ちながらぶっ倒れてて死んでるかと思ったぜ」
「そういう事ならボクも心穏やかにいられるよ。その後、寝間着にでも着替えさせたの哉?」
「いや、寝床に運んで服脱がしてそのままだぜ?」
「~~ッ!!」
卒倒寸前の柳田の隣で、説明するのも面倒だと諦めたように圓潮は呟いた。
「どんどん話をややこしくするネェ……」
end
【邪欲】
「鏡斎、妖に分不相応な願望を持たせるのはよくないネェ」
「……何か問題でもあったのかよ」
鏡斎の問いに、とある妖を思い出しながら目を細めた。
明確な意図を持っていた妖。
敵意を込め睨んできたその妖が、酷く不愉快だった。
「お前さんを見る目が欲に塗れてたのを――知ってたかい?」
end
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12/02
【薬】
「奴良組にはどんな病でも治す薬を作る妖がいるそうだよ」
唐突に喋る圓潮に、鏡斎は何事かと耳を傾けた。
「そこで一つ、もし薬を頼むとしたら何にする?」
「……バカが治る薬だろ」
間髪入れずの解答に、圓潮は少し考えてから笑った。
「確かに、飲ませたい人物が約一名いるネェ」
end
------
12/07
【和書】
「なぁ、柳田の持ってる本の中身ってなんだ?」
雷電の質問が唐突なのはいつもの事なので、圓潮は少し考えてから答えた。
「見た事はないが色々な噺だろう?」
「いや、途中育児日記も入ってたぜ」
鏡斎の言葉に、雷電と圓潮はとある人物を思い出した。
誰の育児日記かは言うまでもなく。
ある程度想像も出来た事なので驚きはしなかったが、2人とも微妙な顔をした。
「まあ、柳田だから仕方がないネ」
「育児日記って例えば何書いてあったんだよ」
「……身長体重の変化。尺貫法の厘単位まで」
「毛単位までじゃなかったのを喜ぶべきかネェ?」
end
------
12/09
【素顔】
「新しい怪談の妖には随分と顔に包帯が巻いてあるネ」
「……気になるのかよ」
「包帯の下を拝んでみようかと少し思うぐらいにはネェ」
素顔が知りたいと思わせる方が悪いと言う圓潮。
真偽の分からない調子で言う相手に鏡斎は静かに睨み返した。
「あいつの顔は、オレだけが知ってればいい」
end
------
12/14
【雪景】
「白銀なんざ邪魔なだけでありマス」
そこに白があるだけで画師は白へと引き付けられる。
画師の元へと行く道すがら、ちらつく雪を睨んだところで雪が止む事はない。
せいぜい、新雪の上を無粋に歩き足跡を残すぐらいしかできはしない。
忌々しい限りで、いっそ――
「赤で染め上げてぇな」
end
------
12/16
【ケーキ】
圓潮から貰ったケーキの残りを黙々と食べていた鏡斎は、お茶を飲んでいる柳田へと訊いた。
「……本当の所、ケーキの味はどうだったんだ、柳田サン?」
何杯目かの渋めに淹れたお茶を飲み干した後、柳田はほろ苦く答えた。
「歯が浮きそうなほど甘かった哉……」
end
------
12/17
【障子貼り】
「柳田サン、手伝おうか」
「鏡斎。気持ちは嬉しいけど、君の手伝うは障子紙に絵を描く事だから遠慮しておくよ」
前に張替えた時の事を思い出し、柳田はやんわりと断った。
筆を片手に申し出ている時点でおかしいと思うべきだったと、前回反省している。
現に今回も鏡斎の手には筆がある。
雷電といい鏡斎といい、どうして障子紙を無傷で剥そうと思わないのかと柳田は嘆きたくなった。
「実体化する妖怪で障子の原形がなくなるのは困る哉」
「今度は桟がちゃんと残るようにする」
「どうして描く事を前提で言うの哉!?」
後始末をする身にもなって欲しいと柳田は叫んだ。
end
------
12/19
【喜色】
割れんばかりの拍手の中、噺家は高座を下りた。
狂ったように鳴り止まない拍手。
人の心を揺さ振り、奥深い所へと噺を染み込ませた証拠。
語り手としてこれ以上にない讃頌を、何処か白けたまま背に受け。
そのまま奥へと進んでいた男は、ふいに表情を緩ませた。
「おや、来てたのかい。鏡斎」
end
【怒気】
無残に切裂かれた新しい怪談妖怪を眺めた後、大鋏を持つ相手を見上げた。
「……言い訳はあるのか」
「何故、〈小生〉以外を描くのでありマシょうか」
吐き捨てるように言った相手は、足元の残骸を踏み躙った。
その様子に何度目だと呆れ。
つくづく厄介な妖を産んでしまったものだと思った。
end
【被験者】
「柳田サン、少しそこに立っててくれ」
「鏡斎、その手に持ってるのは何、哉?」
よく見なくても鞭だと分かる物を片手に持ちながら、鏡斎はため息を吐いた。
「作品を産み出す所までは順調なんだけどなぁ、最近反抗的なのが多くてな」
「ああ、そう言えば最近絵が出来てない事が多かったね」
それとこれと何の関係があるのか、とは思いながら柳田は一歩下がった。
「切裂とおりゃんせの怪人。あいつがオレに反抗的で襲ってくる作品を端から潰してくんだよ」
「……そう、君思いの作品だね」
引き攣った笑みを浮かべながら、柳田はさらにジリジリと後ろに下がっていった。
「楽な解決策は従順な作品を描けばいい。けどオレは反抗的な作品も描きたいんだ」
鞭の持ち具合を確かめながら鏡斎は話を続けた。
「だからオレも少し、反抗的な作品を撃退できるようにならないとなと思う」
鏡斎は縁側付近にまで下がった柳田を眺めた。
「柳田サン。少し手伝ってくれるか?」
end
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12/23
【錯覚】
「相手が〈小生〉でなくとも、貴方は乱れるのでありマシょうねェ」
腸は煮え繰り返る思いだが、相手なら誰でも良いのだろうと分かってはいる。
手に入ったと満たされるのは一時だけの錯覚、所詮は勘違い。
それでも、今だけは――
「〈小生〉の物に、なっては頂けないでしょうか」
end
------
12/24
【観察】
圓潮と同じ〈山ン本〉と言う人物から出来た妖だから、初めはその程度の興味だった。
「今日も絵を描いてるね」
昨日も、一昨日も、一昨昨日もその前も、観察を始めてからずっと。
時折、圓潮や他の百物語組の妖達が来る時以外は、全てこの妖は絵を描いている。
絵を描き、妖を産み続ける妖。
毎日同じことを繰り返すだけの妖なのに、今はとても興味深く目に映る。
圓潮に断りなく始めた観察。
気付かれる事はないとは思うが、もし圓潮に気付かれたら。
圓潮は何と思い、どんな言葉を此方に言い放つのか、それすら楽しみの一つだった。
「あの鳥は今日もいるネェ」
「……そうだったか?」
興味なく問い返した鏡斎は、圓潮の見ている方向へと視線を向けた。
庭先の木に鳥がとまっている、ただそれだけのよく見る光景。
「鳥なんて、よくいるだろ」
「そうかい?」
鏡斎の言葉に、注意深く鳥を眺めていた圓潮はついと視線を外した。
end
【問い】
「気付かれたかな」
指先にとまる鳥に問いかけるように訊きながら、少年は首を傾げた。
特に圓潮に問われたわけではないが、気のせいではないと思う。
庭先にいる鳥に確かに圓潮は視線を向けてきた。
少年は暫く考えてから、指にとまっていた式神を紙へと戻した。
「そんなに大切なモノ?」
end
------
12/25
【プレゼント】
「いるかよ」
差し出された贈り物を眺め、鏡斎はバッサリと言い放った。
その答えに、納得がいかない様子で男は身を乗り出した。
「何故でありマシょうか? 身を切る思いで選んだ最上の物でありマス」
「顔だけの女貰って嬉しいのはお前だけだ」
「では、体の方が宜しいのでしょうか」
微妙な案を出す男に鏡斎はため息を吐いた。
喜ばそうという趣旨は分かるが、どこかズレている。
これ以上会話を続けても面倒くさい事になるだけだと思い、解決策を考えた。
「……どうせなら、お前がオレのプレゼントになれ」
その後、男の表情を眺め、選択を誤ったと鏡斎は後悔した。
end
【聖誕祭】
年の暮れの前、少し前ならば考えもしなかった行事。
街の様子を眺めながら感心した。
「企業戦略だネェ」
そう言う自分の手にも箱がある。
和服で洋物を買うのは少しばかり目立つ。
それでも、毎年買い続けている。
食べきれるかと文句を言う相手の為、年々ケーキは小さくなりながら。
end
【不調】
社の中、紙の前で微動だにしない人物を眺め、手元の大鋏を低く擦り合せた。
土足で上がり近づいても、相手は気付かない。
古びた床板が軋み、耳障りに響いた。
いっそ、この時がずっと続けばいいと、座る人物を見下ろし手を伸ばした。
「帰したくないと申しても、宜しいでありマシょうか」
end
【カラカイ】
扉を開けた瞬間に目に入ってきた物に、一瞬息が止まりそうになった。
「驚いた?」
「……何の為に、と訊くのは野暮なんでしょうネェ」
上機嫌で問いかけてくる少年に、細かい理由はいらない。
ただ、驚かせた顔を見たかったから、それだけで十分すぎる理由になる。
「上手くできてると思うけど、どう思う?」
「趣味が悪いですよ」
相手の近くにいる物を眺め、率直な感想を零した。
今の自分の顔は、見なくても分かる。
相手を最も喜ばせる顔をしているだろう。
褐色の肌をした式神を紙へと戻しながら、相手は笑み崩れた。
「その顔を見れただけで十分だよ」
end
【酒盛り】
「のらないものはのらない、鏡斎がそう言うなら仕方ない哉」
「柳田サン、あんた甘やかし上手だねぇ」
「事実だからしかたないから哉?」
首を傾げながら此方を見てくる柳田。
笑みを浮かべる柳田に対し、鏡斎は目を伏せて自分の空いた盃に手酌しで酒を注いだ。
甘やかされている。
それも抜け出すのが嫌になるほどのぬるま湯に。
〈山ン本さん〉のために無条件で許しているだけなのか、それとも……
何にしても、絵と言う見返りを求められるだけまだましだと思った。
【酒盛り2】
「鏡斎、そんなに飲むと潰れるよ?」
柳田に言われ気がつけば、一升瓶の半分以上が無くなっていた。
美味い酒なのに勿体ないことをした、と何処か他人事のように酒瓶を眺めた。
「それとも、もう酔っているの哉?」
「……酔ってるかもな」
返答をすればクスクスと笑われた。
------
8/26
【酒盛り3】
「なあ、柳田サン」
「何哉? 鏡斎」
眠いなら今夜はもうお開きにしようか、と続けて問いかける相手。
気遣い、優しさ、自分に向けられる相手の感情を素直に信じられれば、どんなに良かったかと思った。
「オレは時々……」
――あんたの事が怖くなる。
end
------
8/27
【庭】
庭の様子を見回し、圓潮は柳田に向かい声をかけた。
「いつ来ても此処は風流だネ」
どう見ても荒れた庭にしか見えない。
それを風流だと言い切る圓潮に柳田は軽く目を細めた。
「……本気で言ってますか?」
「あ? 柳田にはそう見えないのかい?」
風情が無いね、と落胆するように圓潮は呟いた。
「これは家の主に聞かないといけないネ」
庭でこれだけ会話が続いてもまだ気付かない人物を眺めて続けた。
「さて、風情が無いのはあたしか柳田か、どっちだろうネェ?」
一つ賭けでもするかい、と訊いてくる圓潮に柳田は苦笑した。
「きっと負けますよ? ――貴方が」
「おや、随分な自信だネェ」
end
------
8/29
【圓鏡】
いきなり手首を掴まれた事に驚き、鏡斎は筆を取り落としそうになった。
「ああ、だいぶ細くなったネェ?」
飄々とした口ぶりで言う圓潮は明らかに面白がっていた。
「ちゃんと食事はしないといけないよ?なにしろ、噺の要を作る役だからネ」
ゆっくりとなぞるように指を這わせ。
耳元で一言一句がよく聞こえるように圓潮は囁いた。
「不摂生で倒れられるとあたしがとても困る。やっぱり、もっと手元に置いておいたほうが安全かネェ?」
さて、どうしようか、と問いかける圓潮は軽く目を細めた。
end
【説明者】
「絵を描きに戻ってもいいかい、柳田サン」
「まだ現実逃避はして欲しくない哉」
逃げ出す準備が出来ている鏡斎を柳田は止めた。
「……オレもうあいつに説明すんの嫌だ」
「そんな事言わずに根気よくやろう」
疑問符だらけで座っている雷電を横目で見て鏡斎は頭を掻いた。
end
【腕枕】
「大丈夫かよ鏡斎?」
雷電の腕を枕にしたのは間違いだったと鏡斎は首元に手を当てながら考えた。
「骨ばってて痛いな」
「お? まあそうだろうな!オレの腕は世界一硬いからな!!」
「いや、ほめてない」
end
【事実】
「雷電の腕枕は硬くてオレの趣味じゃなかった」
「どこでいつ腕枕が硬いと知ったの哉?」
「柳田サン、掴んでる腕が痛い」
「言ってくれればボクがいくらでも腕枕をしたのに!!」
悔し涙を流す柳田に、鏡斎は若干引いた。
「……じゃあ、今度で」
end
------
8/30
【運び方】
「寝てんのかよ鏡斎?」
ズカズカと縁側から入り込んだ雷電は紙に囲まれて横になっている鏡斎へと近づいた。
「圓潮が呼んでこいって言ったのによ」
どうするかと悩んだ末、雷電は思いついた。
「お! なんだ話は簡単じゃねぇか!!」
我ながら冴えてるぜ、と自画自賛をしながら行動に移した。
「連れてきたぜ、圓潮」
「おや、早かったネ、雷……」
雷電を見た圓潮は額に手を当てて、ため息をついた。
「とりあえず、降ろしてあげなさい」
米俵よろしく担ぎ上げられている鏡斎がまだ寝ている事を、ある意味奇跡だと思った。
end
【体格】
「しっかし、オレ以外の全員が細いよな」
飯食ってんのかよ、と問う雷電に圓潮達は微妙な顔をした。
「あたし達が細いネェ?」
「……普通だろ」
「自分が規格外な事に気付いてないの哉?」
ヒソヒソと話し合う3人はむしろ雷電が異様にでかいだけだろとは面倒なので言い返しはしなかった。
end
------
8/31
【恋人】
「鏡斎、恋人がいるって本当かよ?」
「……恋人?」
雷電からの問い掛けに鏡斎は少し考えてから思い当たった。
「ああ、絵の事か」
「やっぱりそうだよな!!」
お前ならそう言うと思ったぜ、と満面の笑みで雷電は言った。
そんな2人のやり取りを廊下から眺めていた圓潮は視線を外し、廊下の片隅で落ち込んでいる人物を見た。
「柳田、そこにいると通行の邪魔だよ? ――と、聞こえてはいないネ」
やれやれ、と圓潮はため息をついた。
「鏡斎、ボクは恋人じゃなかったの哉……」
end
------
9/02
【猫】
茶の間にいる猫達を眺め柳田は口を開いた。
「鏡斎」
「なんだい、柳田サン」
「猫が来るのを許すのは良いけど、自分の食事は確保しよう哉」
言っている傍から鏡斎の食事を掠め取っていく猫達。
猫が集まる理由の半分以上は、食べ物を盗りやすい家主が原因だと思った。
end
------
9/03
【道中】
だいぶ遅れている鏡斎の歩みに、柳田は立ち止まった。
「大丈夫哉?」
「鏡斎、疲れたならオレが運んでやるよ」
雷電はしゃがみ込んで、早く来いよと促した。
目の前で腕を突き出され、鏡斎は軽く瞬きをした。
「いや、自力で歩け「少し待って欲しい哉。鏡斎はボクが運ぶよ」
「柳田サン、オレはまだ自力で「でもよぉ、オレなら片腕で運べるぜ?」
雷電の行動に、隣にいた珠三郎が頬を膨らませて雷電の服を引っ張り自己主張した。
「何だよ珠三郎? お前も疲れたのか?」
「ほら、ボクが鏡斎を連れて行くから、そっちはそっちで勝手にやってくれる哉?」
「いや、2人ぐらいなら楽に運べるぜ!」
片腕に一人ずつ腰掛ければ出来る、と主張する雷電に柳田は眉間に皺を寄せた。
「それだと宿につく前に疲れきるよ?」
四の五の言わずに諦めろ、と柳田は無言の圧力をかけた。
それでも空気を読まない雷電は反論をし始めた。
そんな、人の話しを聞かない人物達を眺めてから、鏡斎は我関せずとばかりに歩き出した。
end
------
9/04
【縁側にて】
これもこれで良いものではあるけれど、と考えてから口を開いた。
「出来れば逆がよかった哉」
よく眠る鏡斎に向かい言った柳田は、膝枕を続けながらほろ苦く呟いた。
「そろそろ足が痺れてきたよ、鏡斎……」
end
------
9/05
【傍観者】
「じゃあ、柳田が来ない方が良いんだネ?」
「ああ、柳田サンが来ると迷惑だ」
「そうかい」
珍しい事だと思った。
それとも、これは考える事を放棄したいからかと考えた。
余計な感情はいらないと思った末の鏡斎の答えなのかと。
「――柳田に伝えておくよ」
end
------
9/06
【おやつ】
「たまには全員で食べるのもいいものだネ」
「圓潮! 柳田の奴がいないぜ!!」
「柳田は噺を集めに遠出してるから仕方ないんだよ」
サラリと雷電の質問に答える圓潮。
黙々と葛桜を食べていた鏡斎はポツリと呟いた。
「むしろ計画的に柳田サン抜かしてないかい?」
end
【おみやげ】
「味はどうだい?」
「きな粉の味がして美味いと思うぜ圓潮!鏡斎はどうだよ?」
「わらびもちの味がするな」
「……別の味がしたらあたしが逆に驚くよ」
感想を期待したのが間違いだった、と圓潮は遠い目をしてため息をついた。
「まったく、買ってきたかいがないネェ」
end
------
9/10
【警告】
「柳田、暫くは鏡斎に近づかないでおくれ」
言われた言葉に驚き目を見開く柳田を圓潮は冷めた目で眺めた。
「待ってください、圓潮師匠。何故ですか?」
「お前さんが行くと調子が狂うらしいから」
鏡斎本人が言っていたよ、と続ければ傷ついたように柳田は悲しそうな顔をした。
その後、柳田が噺を集めに出かけたのを見やり、圓潮は目を細めた。
「眺める分には楽しい事だけどネェ」
色恋沙汰も好ましいものではあるが、腕が鈍られては困る。
「まあ、事あるごとに〈山ン本さん〉と比べられたら、いい気はしないのは確かだよ、柳田」
無意識だからなお厄介だ、と一人呟いた。
end
------
9/12
【好み】
「オレの好みか……出来れば色白で、絵が描きたくなるほど背中が滑らかで、顔も美人の部類」
「鏡斎ッ、それってボクの…!」
「それからオレより年下」
最後の一言にズンと沈み込む柳田。
「たしかにボクの方が年上だけど……でもッ」
「柳田、そこで落ち込まない。鬱陶しいネェ、まったく」
「ハードル高いな鏡斎は!で、圓潮はどんなのだよ?」
「あたしの好み?しいて言うなら大人しくて、あたしの為に尽くしてくれる人物」
「うおっ、意外と圓潮亭主関白だな!?」
「まあ、冗談だけどネ?」
「冗談かよ!!」
「……ボクには訊かないの哉?」
「ああ、柳田は言わなくていいぜ!」
「柳田サンはそれ以上口を開かなくていい」
「まったくだネェ」
「何でボクだけ言わせてくれないの哉!?」
「「「どうせ〈山ン本さん〉だから」」」
「そんなッ…!」
息の合った答えに柳田は崩れ落ちた。
「あ?でも今は色々分かれてるからどうなんだ?」
「雷電。その中でも何とかフェチだとか言い出したらどうする気だい?」
「骨の髄まで好きとか言ったら怖いな」
「うっ!? 鳥肌が出る表現やめろよ鏡斎!!」
「むしろ絵を描く姿に惚れたとか言うかも知れないネ」
「……」
「おっ! 鏡斎スゲー顔だな!」
鳥肌を立てたのを忘れ大笑いをする雷電。
その笑い声に鏡斎は立ち上がって雷電に近づいた。
近づく鏡斎が持つ筆に雷電は顔が引き攣った。
「おい!? ちょっと待て、鏡斎!! 悪い!オレが悪かった!!」
「心配するな、雷電……今よりもっと男前にしてやる」
「ぎゃぁあAAあああ!!」
end
------
9/14
【怖い話】
「オレの怖い話は、オレが鏡斎の家に泊まった時だった」
「どうして君が鏡斎の家に泊まったの哉?」
雷電に目だけは笑っていない顔で質問をした柳田。
その様子を圓潮は諌めた。
「柳田、礼儀として話の腰は折らない。雷電続きを」
「おう。で、一緒の部屋に寝てたんだけどよぉ」
「鏡斎と一緒に寝たなんて!」
嘆くような柳田の声に、圓潮は頭が痛いとばかりに額に手を当てた。
次いで鏡斎へと視線を向けた。
圓潮に促され渋々立ち上がり、鏡斎は柳田の口を後ろから塞いだ。
「柳田サン、少し黙っててくんな」
「鏡斎ッ、首が痛い哉……」
「それから、ふと目を覚ますと隣に鏡斎がいなかったんだ」
いなくなった相手を探していると、何処からか一定の間隔で音が聞こえてきた。
その音を頼りに歩いていくと、蝋燭の灯りが漏れる部屋。
ぼんやりと蝋燭が照らす先に見たのは……
「そこには硯で墨を磨る鏡斎がいたんだよ!!」
しーん、と沈黙を返す室内。
あまりの反応の無さに雷電はキョトンとした。
「怖くないのかよ!? あの鏡斎が墨磨ってんだぜ?!」
「雷電。あたしは笑い話をしろとは言ってないよ?」
「圓潮! あの時オレは生きた心地がしなかった!!」
「……はいはい」
聞き流すように圓潮は相槌を打った。
「鏡斎、何で夜中に墨を磨ってたの哉?」
「夜中に唐突に描きたくなった」
「やっぱりオレに描こうとしてたな鏡斎!!」
「誰が来ないもんに描くかよ」
「それは雷電にとって嬉しい事なのかネェ?」
end
------
9/21
【他人事】
大福を頬張りながら雷電は質問した。
「圓潮ってたまに柳田に対して厳しいよな?」
「おや、よく見てるネ?」
「何であいつだけだよ?」
「そうだネェ、たとえて言うなら…」
「あッ! 鏡斎テメェ!! 最後の大福をぉおOOおお!」
「早い者勝ちだろ」
「半分! せめて半分よこせ!!」
「もうない」
「今半分残ってただろ!? 口に詰め込みながら言うなよ!! 吐け! 吐いてでもよこせ!!」
そ知らぬ顔をする鏡斎の襟元を掴み揺する雷電。
「たかが大福一つで大声を出さない」
「いてぇ!?」
雷電の頭を扇ではたいた圓潮は仕切りなおして言葉を続けた。
「あたしが柳田に厳しいのは反応が面白いからかネェ」
「……悪魔がいるぜ、鏡斎」
「此処にいる全員妖怪だろ?」
「ん? それもそうだな!」
ヒソヒソと話す2人を無視して、圓潮は部屋の入り口を指し示した。
「具体例はアレを見れば分かるよ」
視線を向けた先には、いつの間にかいた柳田。
「ボクがいない間に皆だけでお茶の時間なんてッ…!」
声をかける暇もなく悔し涙を流し走り去る相手。
圓潮は笑みを浮かべながら雷電と鏡斎に対して言った。
「ほら、あの反応がネ?」
「あーまーたしかに」
「柳田サン過剰反応だからなぁ」
end
------
9/23
【例え話】
「鏡斎の事をどれぐらい好きか?
そうだね、髪の毛一筋にいたるまで独占したいぐらい哉、具体的に言うと「それ以上言わなくていい、柳田サン」
「今からだったのに?」
不思議そうに聞き返す柳田。
その言葉に鏡斎は止めて正解だったと思った。
「柳田サン……たまに愛が重すぎる」
end
【事実】
「鏡斎! 珠三郎の奴がオレの事バカにすんだよ!!」
そこまでバカじゃねぇのによぉ、と叫びながら雷電は鏡斎へ後ろから抱き付いた。
筆が乱れた鏡斎は振り返りながら呟いた。
「……バカだろ」
「鏡斎テメェ!!」
「こら、雷電。鏡斎が筆を持ってる時は邪魔をしない」
「鏡斎が筆持ってない時なんていつだよ圓潮!? こいつ四六時中持ってるぜ!」
「だから、基本的に邪魔するなって言われたんだろ」
そう言う所がバカにされる理由だろ、と呆れながら鏡斎は頭を掻いた。
end
------
9/26
【必需品】
「鏡斎、何で鞭の使い方がそんなに上手いの哉?」
「は?」
「さすがのボクでもSMはちょっと未知だけど、でも鏡斎が望むなら!!」
「動かずに物を引き寄せる事ができるのが便利で多用してたから上手いだけだ、柳田サン。それと、話が飛びすぎる話し方は止めてくれ」
end
------
9/29
【完璧主義】
「鏡斎、確かにボクは待つとは言ったけど、さすがに徹夜とは思わなかったよ」
「ああ、悪い柳田サン。後もう少しでできる」
「それは何十回目の言葉哉?」
end
------
10/08
【囲い者】
「真っ当に稼いでるのは組内であんただけだな」
「そうだネェ」
「……オレはヒモ?」
「鏡斎。妖怪を産み出せるのはお前さんだけだから、そんな事を気にしなくてもいいんだよ」
end
【嫌気が差す事】
「鏡斎、やっぱり意味が分からねぇ!!」
「そうか、じゃあ猿…じゃないゴリラにでも分かるように今から説明し直してやる」
「おう! 頼むぜ鏡斎!!」
「……皮肉も通じないのかよ」
end
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10/13
【電話】
「はい、こちら青蛙『あたしメリーさん。今、貴方の大切な人の後ろにいるの』
一方的な女性の声が聞こえたきり途絶えた電話。
黒電話の受話器を戻した柳田は、すぐに足早に歩きだした。
「柳田、さっきの電話は誰「圓潮師匠。鏡斎の所に行ってきます」
「そうかい、気を付けて行っておいで」
肩で息をする柳田を眺め、鏡斎は軽く目を瞬かせた。
「早かったな、柳田サン」
「全力で走ってきたから哉」
「絵が出来た事を知らせる電話は迷惑だったかい?」
「鏡斎……心遣いはとても嬉しいけど、こう言う呼び出し方はやめよう哉」
心臓に悪いから、と荒い息をつく中、柳田は呟いた。
end
【不毛】
鏡斎との間を扇で遮りながら圓潮は問いかけた。
「鏡斎、あたしの顔を見て何か楽しい事でもあるかい?」
「たまには違った事でもすれば来るものがあると思った」
「違った事ネェ……たまには縛られて服を剥かれる側にでもなってみるかい?」
「……それは断る」
end
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10/14
【楽しみ事】
「鏡斎。あたしを煽ってるのを自覚しているかい?」
「……あんたなら、別にいい」
面倒そうに答える相手に、問いかけるように訊いた。
「相手なら、都合のいい人物がいるだろうに」
「柳田サンとオレ達は違うだろ?」
「それでも、わざわざ此処まで来なくてもいいと思うけどネェ?」
相手を引き寄せ口付ければ馴染んだ墨の匂いがしてきた。
わざわざ自分の所に来た相手を逃がそうとは思わない。
それ以上に、部外者を選ぼうとしないのはお互い様でもあった。
「仕方がないから付き合ってあげるよ。お前さんが満足するまで」
「あんたが、の間違えだろ?」
「それはどうだろうネ」
end
【快楽か苦痛か】
「奥まで突かれるのが好きなのに逃げるのは何でだろうネェ?」
「さぁ……」
「こんなに淫らに銜え込んでるくせに、不思議でたまらないよ」
「……ッ」
逃げようとするのを押さえ込み、奥深くまで入れながら圓潮は呟いた。
「嗚呼、ほら。また逃げる」
快楽か苦痛か、どっちが欲しいのか分かりゃしない。
end
【温泉】
「鏡斎! むこうは女湯だぜ!!」
「……そうか」
「雷電、鏡斎、女湯は覗こうとしない」
2人の行動に圓潮はため息をついた。
「柳田も傍観してないで少しは2人を怒りなさい」
「圓潮師匠、ボクは傍観なんてしてません。鏡斎を視姦していただけです」
「……聞く相手を間違えたネェ」
end
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10/18
【欲求不満】
「ちょっと待てよ鏡斎! 何してんだよ!?」
「黙ってそこに胡坐かいて座ってろよ」
抵抗したら踏み潰すぞ、と雷電の中心に足を置きながら鏡斎は脅しをかけた。
蛙が潰されたような声を上げてから雷電は慌てて訊いた。
「理由言えよ鏡斎!!」
「……圓潮も柳田サンも最近遠出してるだろ?」
「お、おう! そうだな!!」
圓潮は地方の講演へ、柳田は噺を集めているため最近見てはいない。
だが、それとこれと何の関係があるのかと雷電は自分の肩を掴んでくる鏡斎を見上げた。
「だから、お前のコレ使わせろ」
「どう関係してるんだよぉおOOお!?」
そんな説明で分かるかと雷電は叫んだ。
end
【仲裁役】
「圓潮も柳田サンも、自分達の留守中は勝手に出歩くなって言ってくる。破ってもいいが、後々面倒なんだよ」
「それって、破るとお仕置きとか称してあーんな事とかヤられちゃって事?」
「……行動全部を止められる」
「欲の塊のあたし達にとっては一番つらいわねぇ?」
「分かったらソレ使わせろ」
「イヤよ。一回気持ちいいこと知ったら頭の中それだけになっちゃうでしょ」
ただでさえバカなのに、と憂い気にため息をつく珠三郎。
ソレ扱いされた雷電はいまだに話の内容が理解できず疑問符だらけのままだった。
「結局どう言う理由だよ!?」
end
【川の字】
敷かれた布団を見て柳田は叫んだ。
「ボクだけ一人哉!?」
「柳田、煩いよ。お前さんが真ん中がいいと言ったからこの配置にしたんだよ?」
「圓潮師匠! 鏡斎までボクから離れてるのは何故ですか!?」
「夜中に絵が描きたくなった時に枕元を歩かれないように鏡斎の配置は端にしておいたよ」
「そんなッ! 鏡斎はそれで納得したの哉!?」
「……柳田サンより、圓潮の方が静かそうだからなぁ」
「要望を考慮した結果の配置だよ、柳田」
「せめて鏡斎だけでもボクの隣に!!」
「煩いわよそこ! 夜更かしは美容の大敵なのよ!!」
「珠三郎、何でオレが柳田に近い方なんだよ?」
「防波堤役よ」
end
【王様ゲーム】
「両手に花だな!」
「……バカだろ」
「雷電、男を両膝に乗せても両手に花とは言わないよ。それから、柳田。羨ましそうにこっちを見ない」
悔しそうにしている柳田を圓潮は呆れた様子で眺めた。
「ボクも鏡斎をはべらせたい哉!!」
end
------
10/21
【冬の夜】
「あたしはお前さんの枕じゃないよ? 鏡斎」
息苦しくなり起きてみれば人に抱き着いて眠る鏡斎がいた。
こんなに密着して安心して眠れるのかと相手を眺めながら疑問に思い。
元が同じなのだから近くにいる方が安心するのかと考え直した。
「まったく、仕方ないネェ」
end
【疎外感】
「柳田サンだけが、何処にいるのか分からなくなるな」
「それが普通じゃないの哉?」
何気ない言葉に答えてから、鏡斎にとっては違うのだと思い出した。
それから、何故いまさらそんな事を問うのかと逆に不思議に思った。
「――ボクだけが分からないのは不安?」
end
【嫉妬】
「その口、塞ぎたいって言ったらどうする、柳田サン」
問いかけてきた鏡斎へと柳田は驚いた顔を向けた。
「どうしたの哉、鏡斎?」
「厭きた……あんたの口から他人の名前が出るのに」
近づき、なぞる様に相手の頬に手を添える鏡斎。
柳田を眺めながら鏡斎は再度問いかけた。
「柳田サン。ガムテープと猿轡、どっちがいい?」
初めての鏡斎からの嫉妬なのかと喜んでいた柳田は、その言葉を理解するのにしばらくかかった。
「……鏡斎、此処は雰囲気的に口付ける場面じゃない哉?」
「黒田坊黒田坊連呼して煩い柳田サンを黙らせるのに、何でそんな事するんだよ」
end
【傷】
引っ掻き傷、歯形、白い肌には不釣合いなものだと思った。
「痛くないのかい、柳田サン」
「鏡斎がつけた痕だよ?」
「そうだけどなぁ」
それをどうして隠そうとしないのかが問題だった。
「……今度はつけない様にする」
「鏡斎、そんないじらしい事をされるとボクの自制心が効かなくなるよ?」
end
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10/28
【おつかい】
「墨と和紙と……後は」
「まだあるのかよ!? オレもう覚えきれねぇぜ鏡斎!?」
「……まだ2つしか言ってないだろ」
やっぱり柳田サンに頼むか、と面倒くさそうに鏡斎は呟いた。
end
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10/29
【仕置き】
蝋燭の明りで照らされた部屋の隅。
縄で束縛をしておいた人物に近づき、相手の顔を扇で上げさせた。
「少しは反省したかい、鏡斎?」
「…………した」
鏡斎からの返答に、圓潮はさほど満足した様子もなくため息を吐く仕草をした。
本当に反省したのかと言いたげに口を開いた。
「あたし達は少しでも多くの畏を集めないといけない、それも今は水面下でゆっくりとネ。それをよく頭に入れた上で行動しなさい」
「……わかった」
怠そうに言葉を紡ぐ鏡斎。
それに対し、圓潮は目を細めた。
「もう一晩反省するかい?鏡斎」
その言葉は前の時にも聞いたネェ、と呆れたように続けた。
end
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10/31
【万聖節前夜祭】
「……駄菓子?」
袋の中を確認した鏡斎は問いかけるように圓潮に視線を向けた。
「鏡斎。今日はそれを肌身離さず、服の中にも何個か仕込んでおきなさい」
何をそんなに、と思っていた鏡斎は納得したように呟いた。
「今日はハロウィンか……」
「雷電と柳田が来ると厄介だからネ」
end
【はろうぃん】
「鏡斎!! 今日はお菓子が貰える日なんだってな!!」
「……それで何で此処に来るんだよ?」
それから貰えるのは子供までだろ、と鏡斎は続けた。
「珠三郎はオレなら絶対に貰えるって言ってたぜ!」
「精神年齢的にな……」
end
【ハロウィン】
「柳田サン、菓子か悪戯か、どっちがいい?」
先手必勝のように問いかけ、柳田の反応を待った。
先に言葉を取られた柳田が驚いたのは一瞬。
次の時には満面の笑みで答えてきた。
「お菓子をあげた後で鏡斎に悪戯したい哉」
「……」
end
【切→鏡】
錆びた鋏の鈍い金切り音。
手応えの無くなった鋏を退け、地に落ちた顔を手に取り、ニタリと笑った。
「もっともっと、小生を畏れて欲しいでありマスねェ……」
もっと広く、人の心の奥深くまで、己を産み出した人物に名が届くほどに。
――あの目に映るのは。
「小生だけで十分でありマス」
end
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11/02
【本音と】
「圓潮師匠、ボクは組内に必要ですか……」
「柳田、お前さんは組内になくてはならない人物だよ。だから、そんな事を考えてる暇があったら噺の一つでも集めてきなさい」
「……」
「おや、どうしたんだい柳田?」
「圓潮、本音混じり過ぎて柳田サンが思考停止してるぜ?」
「軟だネェ」
end
【嘘】
「鏡斎、言い訳があるなら言いなさい」
「……まさか本気にするとは思わなかった」
床に突っ伏し悲しみを体現する柳田を眺め、鏡斎は呟いた。
「少し嫌いだって言っただけなのになぁ」
分かりやすい嘘だろと訊く鏡斎に、頭が痛いと圓潮は額を押さえた。
「お前さんが言うと本気に聞こえるネェ」
end
【その先は?】
「鏡斎、その蝶結び解いてもいいか?」
「蝶結び?」
何の事だと鏡斎は雷電に問い返した。
期待に満ちた目で見てくる雷電。その視線の行き着く先は、自分の服。
「……解いて何する気だよ」
「もちろん脱がせるだろ!」
「直球だな」
爽やかな顔で言うなよと呆れながらため息をついた。
end
【出会い】
この世に産まれた瞬間、一番初めに見たのは一人の男だった。
満足げに笑みを浮かべる相手。
包帯の巻かれた頬に触れてきた男に、ずっと見入っていた。
浮かんだ感情は、目の前の人物を手に入れたい。
〈小生〉だけを見つめる男が、その手が、その顔が
――――欲しいと。
end
【産声】
「〈小生〉の物にしたいのでありマス」
手首を捕え、吊り上るような笑みで言い放ったのは、自分の描いた作品。
その行動に、心から満足した。
飢えた目で見つめてくる作品は、その場に押し倒してきた。
錆びた鋏を広げながら、欲にまみれた妖が囁いた。
「宜しいでありマシょうか?」
end
【馬が合わない】
「親の顔が見てみたいって言うのはあの事哉!」
様子を見に行った〈新作怪談〉妖怪の愚痴を帰る早々に言う柳田。
その言葉を半分聞き流していた鏡斎は軽い疑問を口にした。
「……柳田サン、その場合オレと圓潮のどっちになるんだ?」
「何が哉?」
「あいつらの親の顔が見たいんだろ?」
「それがどうして鏡斎と圓潮師匠に関係あるの哉?」
「圓潮が(噺の)種を撒いて、オレが(描いて)産んだから……実質的にオレ達が親」
「鏡斎……間違ってはないけど、生々しく聞こえるからその表現はやめて欲しい哉」
間違ってはないんだけどね、と遠い目をしながら柳田は呟いた。
end
------
11/03
【狂愛】
「〈小生〉だけを、その目に、その体に、刻み付けて欲しいんでありマス」
残虐に笑い、貪るように首筋に顔を埋めてくる相手。
此方の好む通りに、否、作りこんでおきながら好みも何もない。
乱暴に奥まで突き入れるのも、噛みちぎる様に痕を残すのも、全て望んだもの。
髪の毛一筋に至るまで、愛しい、愛しい、オレの作品。
「……とおりゃんせ」
手に入れたのは、どっちだったんだろうな?
end
------
11/12
【欲しいモノ】
悲鳴を聞き、恐怖に染まる顔を見る時の高揚感。
顔を無くした女を前に、自然と笑みが浮かぶ。
ただ、高揚感も一時だけの事。
それが過ぎれば、残るのは飢餓感だけ。
どれだけ顔を集めようと、満たされない、足りない、もっと欲しい。
錆びた鋏を閉じ、女の顔を仕舞い込みながら目を細めた。
「恨みたくなりマスねェ……」
こんな風に産んだ人物を。
唯一、自分の物に出来なかったあの顔を。
「〈小生〉の物にしていれば、少しは満たされていたでありマシょうか?」
end
【雑魚寝】
「お前さん達、自分達の寝床に戻りなさい」
「圓潮師匠、さすがに暖房器具なしは辛いです」
「……寒い、柳田サンもう少し寄ってくれ」
「ちょっと! もう少し詰めてよ雷電。あたしが入れない!」
「どうせならデッカイ布団買おうぜ圓潮!!」
「はぁ……仕方ないネェ、考えておくよ」
end
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11/14
【未満】
〈山ン本さん〉の〈腕〉を眺め、柳田は眉を顰めた。
根本的な欲が全て絵に向かっている人物は、絵を描き続けている。
食事も睡眠も、気にかける者がいなければ忘れている。
よくこの調子で今まで持っているものだと思う。
気を付けなければ、おそらくは餓死をする。
妖怪であったとしても、飲まず食わず、睡眠もとらなければ弱っていく。
その事を知らないのかと思うほどの様子。
声をかけようかと一考する間に、鏡斎が筆を止め振り返ってきた。
「……何の用だ、柳田サン」
邪魔をするなと目で訴える相手に、単刀直入に切り出した。
「鏡斎、また食事をとらなかったね?」
「またそれか? あんたも口煩いな」
「君一人の体じゃないから哉」
「……絵ならできてる。勝手に持っていけばいい」
「鏡斎」
「〈産む〉役は果たしてるだろ?」
干渉するなと言い捨てた相手は筆を持ち直し紙へと向かっていた。
組の為じゃないと言えたら、どんなに良かっただろうと柳田は目を細めた。
end
------
11/23
【時系列無視】
「ねーその服貸して?」
「〈小生〉の服は貸出不可でありマス」
「ケチ」
頬を膨らませる少女に、男は不機嫌そうに返答した。
「どうしてもと言うのであれば、その顔を〈小生〉に暫く預けていただきたい」
「やだ!」
大鋏を片手に申し出る男に少女はパタパタと逃げ出し、傍で絵を描いていた鏡斎へと抱きついた。
抱き着かれた鏡斎は、少女の頭を軽く撫でてやってから男を見上げた。
「……あんまり苛めるなよ」
呆れた口調で鏡斎が言うと、男は慌てたように弁解した。
「元はと言えば、そこにいる少女が原因でありマス」
「それにしても、その鋏を出すのは大人げないだろ」
「貴方に貰った物を〈小生〉から借り受けたいなどと言うのが悪いのでありマシょう! たとえ、上着の一着、包帯の切れ端であろうと、〈小生〉の物は渡したくないのでありマス!!」
「……独占欲激しいな」
「しつこいのは嫌われるのにね」
「分かったらいつまでも画師に抱き着かないでいただきマシょうか」
「やっ!」
バチバチと火花を散らしあう作品達。
間に挟まれ、描きにくいだろと鏡斎はため息をついた。
end
------
11/29
【言葉足らず】
「服脱がすのはめんどくさいな!」
「随分と色気がある話だネェ」
「相手は誰だったの哉?」
「鏡斎」
「脱がす必要がどこにあったの哉!」
「落ち着きなさい柳田。雷電も少しばかり言葉が足りないよ。この間の様子見の話だろう?」
「おう、筆持ちながらぶっ倒れてて死んでるかと思ったぜ」
「そういう事ならボクも心穏やかにいられるよ。その後、寝間着にでも着替えさせたの哉?」
「いや、寝床に運んで服脱がしてそのままだぜ?」
「~~ッ!!」
卒倒寸前の柳田の隣で、説明するのも面倒だと諦めたように圓潮は呟いた。
「どんどん話をややこしくするネェ……」
end
【邪欲】
「鏡斎、妖に分不相応な願望を持たせるのはよくないネェ」
「……何か問題でもあったのかよ」
鏡斎の問いに、とある妖を思い出しながら目を細めた。
明確な意図を持っていた妖。
敵意を込め睨んできたその妖が、酷く不愉快だった。
「お前さんを見る目が欲に塗れてたのを――知ってたかい?」
end
------
12/02
【薬】
「奴良組にはどんな病でも治す薬を作る妖がいるそうだよ」
唐突に喋る圓潮に、鏡斎は何事かと耳を傾けた。
「そこで一つ、もし薬を頼むとしたら何にする?」
「……バカが治る薬だろ」
間髪入れずの解答に、圓潮は少し考えてから笑った。
「確かに、飲ませたい人物が約一名いるネェ」
end
------
12/07
【和書】
「なぁ、柳田の持ってる本の中身ってなんだ?」
雷電の質問が唐突なのはいつもの事なので、圓潮は少し考えてから答えた。
「見た事はないが色々な噺だろう?」
「いや、途中育児日記も入ってたぜ」
鏡斎の言葉に、雷電と圓潮はとある人物を思い出した。
誰の育児日記かは言うまでもなく。
ある程度想像も出来た事なので驚きはしなかったが、2人とも微妙な顔をした。
「まあ、柳田だから仕方がないネ」
「育児日記って例えば何書いてあったんだよ」
「……身長体重の変化。尺貫法の厘単位まで」
「毛単位までじゃなかったのを喜ぶべきかネェ?」
end
------
12/09
【素顔】
「新しい怪談の妖には随分と顔に包帯が巻いてあるネ」
「……気になるのかよ」
「包帯の下を拝んでみようかと少し思うぐらいにはネェ」
素顔が知りたいと思わせる方が悪いと言う圓潮。
真偽の分からない調子で言う相手に鏡斎は静かに睨み返した。
「あいつの顔は、オレだけが知ってればいい」
end
------
12/14
【雪景】
「白銀なんざ邪魔なだけでありマス」
そこに白があるだけで画師は白へと引き付けられる。
画師の元へと行く道すがら、ちらつく雪を睨んだところで雪が止む事はない。
せいぜい、新雪の上を無粋に歩き足跡を残すぐらいしかできはしない。
忌々しい限りで、いっそ――
「赤で染め上げてぇな」
end
------
12/16
【ケーキ】
圓潮から貰ったケーキの残りを黙々と食べていた鏡斎は、お茶を飲んでいる柳田へと訊いた。
「……本当の所、ケーキの味はどうだったんだ、柳田サン?」
何杯目かの渋めに淹れたお茶を飲み干した後、柳田はほろ苦く答えた。
「歯が浮きそうなほど甘かった哉……」
end
------
12/17
【障子貼り】
「柳田サン、手伝おうか」
「鏡斎。気持ちは嬉しいけど、君の手伝うは障子紙に絵を描く事だから遠慮しておくよ」
前に張替えた時の事を思い出し、柳田はやんわりと断った。
筆を片手に申し出ている時点でおかしいと思うべきだったと、前回反省している。
現に今回も鏡斎の手には筆がある。
雷電といい鏡斎といい、どうして障子紙を無傷で剥そうと思わないのかと柳田は嘆きたくなった。
「実体化する妖怪で障子の原形がなくなるのは困る哉」
「今度は桟がちゃんと残るようにする」
「どうして描く事を前提で言うの哉!?」
後始末をする身にもなって欲しいと柳田は叫んだ。
end
------
12/19
【喜色】
割れんばかりの拍手の中、噺家は高座を下りた。
狂ったように鳴り止まない拍手。
人の心を揺さ振り、奥深い所へと噺を染み込ませた証拠。
語り手としてこれ以上にない讃頌を、何処か白けたまま背に受け。
そのまま奥へと進んでいた男は、ふいに表情を緩ませた。
「おや、来てたのかい。鏡斎」
end
【怒気】
無残に切裂かれた新しい怪談妖怪を眺めた後、大鋏を持つ相手を見上げた。
「……言い訳はあるのか」
「何故、〈小生〉以外を描くのでありマシょうか」
吐き捨てるように言った相手は、足元の残骸を踏み躙った。
その様子に何度目だと呆れ。
つくづく厄介な妖を産んでしまったものだと思った。
end
【被験者】
「柳田サン、少しそこに立っててくれ」
「鏡斎、その手に持ってるのは何、哉?」
よく見なくても鞭だと分かる物を片手に持ちながら、鏡斎はため息を吐いた。
「作品を産み出す所までは順調なんだけどなぁ、最近反抗的なのが多くてな」
「ああ、そう言えば最近絵が出来てない事が多かったね」
それとこれと何の関係があるのか、とは思いながら柳田は一歩下がった。
「切裂とおりゃんせの怪人。あいつがオレに反抗的で襲ってくる作品を端から潰してくんだよ」
「……そう、君思いの作品だね」
引き攣った笑みを浮かべながら、柳田はさらにジリジリと後ろに下がっていった。
「楽な解決策は従順な作品を描けばいい。けどオレは反抗的な作品も描きたいんだ」
鞭の持ち具合を確かめながら鏡斎は話を続けた。
「だからオレも少し、反抗的な作品を撃退できるようにならないとなと思う」
鏡斎は縁側付近にまで下がった柳田を眺めた。
「柳田サン。少し手伝ってくれるか?」
end
------
12/23
【錯覚】
「相手が〈小生〉でなくとも、貴方は乱れるのでありマシょうねェ」
腸は煮え繰り返る思いだが、相手なら誰でも良いのだろうと分かってはいる。
手に入ったと満たされるのは一時だけの錯覚、所詮は勘違い。
それでも、今だけは――
「〈小生〉の物に、なっては頂けないでしょうか」
end
------
12/24
【観察】
圓潮と同じ〈山ン本〉と言う人物から出来た妖だから、初めはその程度の興味だった。
「今日も絵を描いてるね」
昨日も、一昨日も、一昨昨日もその前も、観察を始めてからずっと。
時折、圓潮や他の百物語組の妖達が来る時以外は、全てこの妖は絵を描いている。
絵を描き、妖を産み続ける妖。
毎日同じことを繰り返すだけの妖なのに、今はとても興味深く目に映る。
圓潮に断りなく始めた観察。
気付かれる事はないとは思うが、もし圓潮に気付かれたら。
圓潮は何と思い、どんな言葉を此方に言い放つのか、それすら楽しみの一つだった。
「あの鳥は今日もいるネェ」
「……そうだったか?」
興味なく問い返した鏡斎は、圓潮の見ている方向へと視線を向けた。
庭先の木に鳥がとまっている、ただそれだけのよく見る光景。
「鳥なんて、よくいるだろ」
「そうかい?」
鏡斎の言葉に、注意深く鳥を眺めていた圓潮はついと視線を外した。
end
【問い】
「気付かれたかな」
指先にとまる鳥に問いかけるように訊きながら、少年は首を傾げた。
特に圓潮に問われたわけではないが、気のせいではないと思う。
庭先にいる鳥に確かに圓潮は視線を向けてきた。
少年は暫く考えてから、指にとまっていた式神を紙へと戻した。
「そんなに大切なモノ?」
end
------
12/25
【プレゼント】
「いるかよ」
差し出された贈り物を眺め、鏡斎はバッサリと言い放った。
その答えに、納得がいかない様子で男は身を乗り出した。
「何故でありマシょうか? 身を切る思いで選んだ最上の物でありマス」
「顔だけの女貰って嬉しいのはお前だけだ」
「では、体の方が宜しいのでしょうか」
微妙な案を出す男に鏡斎はため息を吐いた。
喜ばそうという趣旨は分かるが、どこかズレている。
これ以上会話を続けても面倒くさい事になるだけだと思い、解決策を考えた。
「……どうせなら、お前がオレのプレゼントになれ」
その後、男の表情を眺め、選択を誤ったと鏡斎は後悔した。
end
【聖誕祭】
年の暮れの前、少し前ならば考えもしなかった行事。
街の様子を眺めながら感心した。
「企業戦略だネェ」
そう言う自分の手にも箱がある。
和服で洋物を買うのは少しばかり目立つ。
それでも、毎年買い続けている。
食べきれるかと文句を言う相手の為、年々ケーキは小さくなりながら。
end
【不調】
社の中、紙の前で微動だにしない人物を眺め、手元の大鋏を低く擦り合せた。
土足で上がり近づいても、相手は気付かない。
古びた床板が軋み、耳障りに響いた。
いっそ、この時がずっと続けばいいと、座る人物を見下ろし手を伸ばした。
「帰したくないと申しても、宜しいでありマシょうか」
end
【カラカイ】
扉を開けた瞬間に目に入ってきた物に、一瞬息が止まりそうになった。
「驚いた?」
「……何の為に、と訊くのは野暮なんでしょうネェ」
上機嫌で問いかけてくる少年に、細かい理由はいらない。
ただ、驚かせた顔を見たかったから、それだけで十分すぎる理由になる。
「上手くできてると思うけど、どう思う?」
「趣味が悪いですよ」
相手の近くにいる物を眺め、率直な感想を零した。
今の自分の顔は、見なくても分かる。
相手を最も喜ばせる顔をしているだろう。
褐色の肌をした式神を紙へと戻しながら、相手は笑み崩れた。
「その顔を見れただけで十分だよ」
end