切鏡
何故、酔った千鳥足でこの細道に来れるのか。
目の前の鏡斎に、男は最大級の疑問の目を向けた。
当の本人は全く気にしていない様子で、軽く首を傾げて口を開いた。
「今日は、表に娘がいなかったな」
「刻限が違いマスので……」
活動するのは逢魔が刻のみ、それ以外の時には細道に女は置かない。
「何故、〈小生〉の細道に?」
「近くで宴会があった」
「そうでありマスか」
それはまた傍迷惑な事を、と男は内心で続けた。
何処か見当違いな鏡斎の回答を元に、おそらく近くに来たついでに寄ったのだろうと予想を立てた。
酔っ払いの行動ほど見ていられるものはない。
フラフラとしながら細道を歩く鏡斎を男は注意深く眺めた。
案の定バランスを崩して転倒しそうになる相手へと手を差し伸べ、気付いた時には地面の上だった。
「……何の積りでありマシょうか」
「たまには成長した作品の様子ぐらい確かめたくなるだろ」
地面へと倒れ込む道連れにし、ちゃっかりと人を下敷きにした目の前の画師は言った。
上に乗り、ペタペタと感触を確かめるように触る鏡斎。
抱きとめた相手を見上げながら、男は疑問を口にした。
「〈小生〉の顔を触って、楽しい事でもあるのでありマシょうか?」
「減るものでもないだろ?」
「…………」
出来れば逆の方がよほど楽しめる。
流行物の言葉で上司からの強制的な行為を何と言ったかと、他人事のように考えた。
どうとでもなれと視線を上にあげ相手の好きな様にさせていると、不意に相手の手が止まった。
また何か企んでいるのかと視線を戻すと、人の上で酔っ払いは眠りこけていた。
健やかに眠る鏡斎を眺め、これは幹部達の所へ届けるべきなのかと男は悩んだ。
出来る事なら、幹部達が宴会をしている所には二度とは立ち寄りたくはない。
過去にどんちゃん騒ぎの中届けに行った時の事を思い出し、男は心底嫌そうな顔をした。
「その内に、迎えが来る……のでありマシょう」
何も好き好んで阿鼻叫喚の場所に行くことはない。
このまま画師が寝ていても別段不都合があるわけでもなし。
後になって、酒が少しでも抜けた状態の幹部の誰かが来ればいいだけの話。
そう考えながら、何事もないかのように眠る鏡斎を眺め、男はふと苦笑し、ため息混じり呟いた。
セクハラと酔っ払い
「何処までも、はた迷惑な方でありマス」
end
(2012/10/31)
目の前の鏡斎に、男は最大級の疑問の目を向けた。
当の本人は全く気にしていない様子で、軽く首を傾げて口を開いた。
「今日は、表に娘がいなかったな」
「刻限が違いマスので……」
活動するのは逢魔が刻のみ、それ以外の時には細道に女は置かない。
「何故、〈小生〉の細道に?」
「近くで宴会があった」
「そうでありマスか」
それはまた傍迷惑な事を、と男は内心で続けた。
何処か見当違いな鏡斎の回答を元に、おそらく近くに来たついでに寄ったのだろうと予想を立てた。
酔っ払いの行動ほど見ていられるものはない。
フラフラとしながら細道を歩く鏡斎を男は注意深く眺めた。
案の定バランスを崩して転倒しそうになる相手へと手を差し伸べ、気付いた時には地面の上だった。
「……何の積りでありマシょうか」
「たまには成長した作品の様子ぐらい確かめたくなるだろ」
地面へと倒れ込む道連れにし、ちゃっかりと人を下敷きにした目の前の画師は言った。
上に乗り、ペタペタと感触を確かめるように触る鏡斎。
抱きとめた相手を見上げながら、男は疑問を口にした。
「〈小生〉の顔を触って、楽しい事でもあるのでありマシょうか?」
「減るものでもないだろ?」
「…………」
出来れば逆の方がよほど楽しめる。
流行物の言葉で上司からの強制的な行為を何と言ったかと、他人事のように考えた。
どうとでもなれと視線を上にあげ相手の好きな様にさせていると、不意に相手の手が止まった。
また何か企んでいるのかと視線を戻すと、人の上で酔っ払いは眠りこけていた。
健やかに眠る鏡斎を眺め、これは幹部達の所へ届けるべきなのかと男は悩んだ。
出来る事なら、幹部達が宴会をしている所には二度とは立ち寄りたくはない。
過去にどんちゃん騒ぎの中届けに行った時の事を思い出し、男は心底嫌そうな顔をした。
「その内に、迎えが来る……のでありマシょう」
何も好き好んで阿鼻叫喚の場所に行くことはない。
このまま画師が寝ていても別段不都合があるわけでもなし。
後になって、酒が少しでも抜けた状態の幹部の誰かが来ればいいだけの話。
そう考えながら、何事もないかのように眠る鏡斎を眺め、男はふと苦笑し、ため息混じり呟いた。
セクハラと酔っ払い
「何処までも、はた迷惑な方でありマス」
end
(2012/10/31)