雷鏡

夕方になって起きてみれば、周囲に花が敷き詰められていた。


「……葬式か」


棺桶に入れられていないだけましだと思えとでも言うのか。
妙に淡い色合いの女が喜びそうな花を眺めながら、鏡斎は寝起きの頭を掻き。
朝方に布団に入った時には何もなかったはずだと思考した。


「…………寝るか」
「寝るなよ! 寝正月にしても寝過ぎだろ!」
「……来てたのか」

現実逃避の邪魔をしてきた雷電を鏡斎は見上げ。
正月三が日早々に、煩い相手が来たものだとため息を吐きたくなった。


「せっかく準備したのに寝るなよな」


準備とはこの辛うじて棺桶に入れられていない葬式準備の事か。
人の布団を花まみれにしたのはお前か、と言いたくなるのを止め。
拗ねたような表情で怒る雷電に、鏡斎は面倒ながら詳細を問う事にした。

「何の準備だ」
「今日は姫はじめってのがあるんだろ?」
「……あー。そうかい」


雷電の言葉に、そんな文化もあった気はするがと鏡斎は思い出し。
しかし、それとこの葬式準備は何の関係があるのかと雷電を胡乱げに眺めた。
少なくとも、記憶してる限りでは間違っても人の葬式準備をする行事ではなかった。

「……姫はじめがどんな行事か、分かっててやってるんだろうな」
「何かこう、相手をお姫様扱いするんだろ?」
「…………」

そのお姫様の参考文献としては白雪姫あたりか。
最終的に死体愛好者に捕まる姫扱いならば、葬式準備もあながち間違いではない。
だからと言って人の布団を花まみれにした事を許す訳もないが。


「恋人同士ならやるもんだって〈耳〉が言ってたからやったけどよぉ、何か違ってたか?」
「柳田サンがか……」

ネットでの知識をすぐに広めたがるのは耳としての悪い癖なのだろう。
時と場合と相手を考えろと、真に受けた雷電を見ながら鏡斎は思った。



正月行事
むしろ何もするなの典型例。


end
(2017/01/02)
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