雷鏡

「ちょっと待て鏡斎! 何やってんだよ!?」
「黙って描かせろ。来るものがある……気がする」


馬乗り状態で筆を構え真顔で言う相手に、雷電は総毛立った。


「気がするって何だよ!? 来る訳ねーよ! ぜってー来ねーから筆下ろせって!!」


鏡斎の手首を掴み、ギリギリまで迫っていた筆を止め。
説得を試みてはみたものの、一向に脅威は去りそうになかった。


「一回で良い。描かせろ」
「オレ以外のにしてくれ! お前が描いたらヤベーだろ!?」


描くならそこら辺の人間の体に描け、と叫び。
これ以上力を籠めれば確実に鏡斎の腕を折りそうで、雷電は冷や汗を流した。


「ちょっと、さっきから何をそんなに叫んでるの?」
「お前さん達、あたしの弟子がまだいるからもう少し静かに待っててくれるかい?」
「何か喧嘩哉?」


三者三様に襖を開け部屋へと入ってきた珠三郎、圓潮、柳田は、暫し中の様子に沈黙した。
介入者の登場に、雷電は目を輝かせた。


「珠三郎、圓潮! 鏡斎止めんの手伝ってくれ!!」


今すぐに! と、助けを求めながら部屋に入ってきた人物達へと顔を向ける雷電。
名前を呼ばれ、沈黙状態から再起動した珠三郎と圓潮は、頭が痛いとばかりに首を振った。


「もう少し場所を選びなさいよ」
「青蛙亭の中でじゃれ合うのは止めてくれないかい?」
「あれ!? だから鏡斎止めるの手伝ってくれって…!」
「後で描き直すだろうから、鏡斎の好きにさせなさい」
「もう。そんな事で叫ばないでよ」
「おい! 待ってくれよ圓潮! 珠三郎!?」


さっさと出て行った二人を半ば唖然としながら眺めた雷電は、ハッとしてから残った人物へと視線を向けた。


「えーっと……〈山ン本さん〉の〈耳〉! 鏡斎止めるの――」
「ボクは邪魔をしないから! ごゆっくり、二人とも」


名前すら呼ばれなかった柳田は、引き攣った笑顔を雷電へと向け。
部屋を出ていく間際、最後の情けとばかりに襖を閉めて行った。



試し描き
「何で誰も止めねぇんだよぉおおOOお!!」


end
(2015/04/24)
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