圓鏡

「今日は随分と冷え込むネェ」


外と大差ない室温の中、絵を描き続けている人物へと圓潮は話しかけた。
隙間風と言うにはだいぶ無理のある風が部屋へと入り込み続ける古民家は、火鉢すらなかった。
別の意味で部屋の体感温度を下げ続ける物へと圓潮が視線を向け、一時口を閉じれば。
次々と自分が産んだ妖怪を殺しては描き続けていた鏡斎は筆を止めた。


「他の噺はないのか」


無駄口を叩くなとでも言いたげに次の怪談を要求する鏡斎は、睨むように圓潮を見た。


「何の噺がいいんだい?」
「来るもの。オレが描きたくなる噺を」
「それはまた、難しいネェ。お前さんはあたしの語る噺をほとんど頭に入れてる。そんな中で心を揺さぶる噺をなんてのは――」
「あんたなら出来るだろ」
「随分な信頼だ」


出来ないと言う返事を一切求めない要求を前に圓潮は笑った。



「オレはあんたの口から噺が聞きたい」
「聞くも何も、今の今まであたしの噺を聞きながらずっと描いてただろうに」


それこそ不眠不休。
公演がない事をいいことに、この数日は鏡斎相手にしか語っていない。



「あんたの声を聞きながら描くと調子がいい」
「あたしの声は歌代わりじゃないんだがネェ」


それでも求められて嫌な気はしないと、扇で口元を隠しながら圓潮は喉を鳴らし続けた。



観客は一人
「さて、お前さんの期待にそえるよう語ろうか」


end
(2015/04/22)
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