圓鏡

「何処からそれを持ってきたんだい、鏡斎?」


鏡斎が手に持つ派手な柄の羽織を前に、圓潮は訊いた。
黒地に真っ赤な大輪の花が散る見慣れ過ぎた羽織。
地下にいた頃によく着ていた物を、また見るとは思ってもいなかった。


「地下から」
「あぁ、そう言えば、昔仕舞い込んでそのままだったネ」

とんと忘れていたと、随分と昔の事を思い出しながら圓潮は言った。


「それにしても、何でまたあたしの昔の羽織を?」
「珠三郎がたまには地下にある服を陰干ししろって煩かったついでに」
「あー、懐かしかったからかい?」


確か、地下にいた頃はほとんどその羽織を着ていた。
今着ている無地の羽織より、よほど鏡斎の印象に残ったのだろうと圓潮は考えた。


「もう着ないのか」
「着ないよ。その柄は、派手すぎて今着れば悪目立ちするだけだろう?」
「……昔はよく着てたから気に入ってたのかと思った」
「あの頃はまだまともな着物を持ってなかったからだよ」


それほど好んで着てはいなかったと言い、続けて言いにくそうに理由を付け足した。


「それと、その柄がアレとお揃いなのを知ってネェ……」


圓潮が揃いの柄を着るのすら嫌な相手は、一人しか思いつかなかった。
柳田を通して聞いてはいるが、実際には会った事のない人物。
アレと指し示す相手が、自分達の元になった人間なのかと、確認するように鏡斎は聞き返した。


「……親父と同じか?」
「人間だった時の最後に着てた柄と、同じだそうだよ」


地下にいた頃、やけに目で追ってくる柳田に後で訊いた時に判明した事実。
それ以来、よほどの事が無い限り着ようとは思わなくなったらしい。


「捨てるか?」
「昔何度か捨てたんだけどネェ」

いつの間にか手元に帰ってくる羽織に、捨てる事を断念したと圓潮は呟いた。

ただの羽織にそんな芸当ができるはずもなく。
羽織の柄が生前の山ン本の羽織と同じ事実から、鏡斎はある人物を思い浮かべた。


「……柳田サンか?」
「ああ、どうにもその羽織を見ると〈山ン本さん〉を思い出すらしくてネ」


捨てられた羽織を根性で探してきた後、そっと戻しておいたらしい。


「大変だったな、あんた」
「だから、地下の方に仕舞い込んでおいたんだよ」



羽織
「……後で戻しておく」
「そうしてくれると助かるよ」


end
(2013/11/04)
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