圓鏡
「〈鼻〉を…柳田に預けていたのは……不都合だったネェ」
自分の間抜けさ加減に笑いたくなった。
水に浸かった体からは随分と血が流れた。
これが最期と言うものかと、自由の利かなくなってきた体を前に思った。
崩れゆく地下道の下敷きになるのが先か、出血多量で死ぬのが先か。
どちらにしても、ろくな死に方ではない。
妙な所で、親に似ている。
「無様な……死に方だ」
目を開けていることが怠くなった。
妖怪が死ぬ時は、時間がかかるものなのか。
これならば、一思いに実感するまもなく柳田に殺されていればよかった。
異様に長く感じる死に際で、不意に水面が揺れた。
地下道の破片が水面へと落ちた波紋ではない。
何かが近づいてくるような動きだった。
「……馬鹿だな、あんたも」
頭の上の方から声をかけられた。
目を開け、相手を見ようにも残っている側の目は水に浸り、相手を映さなかった。
顔をあげるだけの気力もなく、誰なのかと思っていると再度言葉を投げかけられた。
「あんたが一番、親父に似てるな……頭がいいくせに、馬鹿だ」
聞き覚えのある声だ。
裏切った兄弟の内の一人。
リクオと戦い、死んだはずの――
「……鏡…斎かい?」
「最後の詰めが甘いのは……オレも、あんたも変わらないな、圓潮」
同じ〈山ン本〉だからかと無表情に見下ろす鏡斎。
顔が見える様にする為か、屈みこみ此方の体を仰向けへと返してきた。
そんな鏡斎に、相手が生きていたことにまず驚いた。
次いで、何のために此処にいるのかと疑問が出た。
「お前さんも……あたしを殺しに来たの…かい?」
「……あんたを殺す必要があるのか?」
率直に疑問を返す鏡斎に、確かにと独りごちた。
このまま何もしなくても死ぬことは決定している。
では、単なる物見遊山か。
奴良組との鬼ごっこで、不利益な情報しか渡さなかった意趣返しか。
「趣味が…悪いネェ」
「あんたを助ける事がか?」
「…………」
予想外の言葉に、何も言えなくなった。
恨み言を言われるならまだ分かるが、助けるとは誰の事なのか。
返答も端から必要なかったのか、勝手に此方の腕をとり立ち上がらせてきた。
そのまま肩を貸し歩き出そうとする鏡斎。
いつまでも理解できずに止まっていると、不思議そうに視線を向けてきた。
「歩けよ、もうすぐ崩れるだろ」
「何の……真似だい?」
見れば重傷の体はどちらも同じだ。
リクオに負わされた刀傷は鏡斎の体から消えてはいない。
「……あんたの噺に、興味があるだけだ」
端的に返してきた鏡斎の言葉に、余計に理由が分からなくなった。
それでも、掴まれた腕は離されることは決して無さそうだった。
仕方なく鏡斎の肩に身を預けながら歩き出すことにした。
「まったく……おかしな噺だネェ」
こんな筈ではなかったと、苦笑しながら呟くしかなかった。
傑作にもなりはしない
何処までも、綺麗に纏まらない無様な噺だ。
end
(2013/03/04)
自分の間抜けさ加減に笑いたくなった。
水に浸かった体からは随分と血が流れた。
これが最期と言うものかと、自由の利かなくなってきた体を前に思った。
崩れゆく地下道の下敷きになるのが先か、出血多量で死ぬのが先か。
どちらにしても、ろくな死に方ではない。
妙な所で、親に似ている。
「無様な……死に方だ」
目を開けていることが怠くなった。
妖怪が死ぬ時は、時間がかかるものなのか。
これならば、一思いに実感するまもなく柳田に殺されていればよかった。
異様に長く感じる死に際で、不意に水面が揺れた。
地下道の破片が水面へと落ちた波紋ではない。
何かが近づいてくるような動きだった。
「……馬鹿だな、あんたも」
頭の上の方から声をかけられた。
目を開け、相手を見ようにも残っている側の目は水に浸り、相手を映さなかった。
顔をあげるだけの気力もなく、誰なのかと思っていると再度言葉を投げかけられた。
「あんたが一番、親父に似てるな……頭がいいくせに、馬鹿だ」
聞き覚えのある声だ。
裏切った兄弟の内の一人。
リクオと戦い、死んだはずの――
「……鏡…斎かい?」
「最後の詰めが甘いのは……オレも、あんたも変わらないな、圓潮」
同じ〈山ン本〉だからかと無表情に見下ろす鏡斎。
顔が見える様にする為か、屈みこみ此方の体を仰向けへと返してきた。
そんな鏡斎に、相手が生きていたことにまず驚いた。
次いで、何のために此処にいるのかと疑問が出た。
「お前さんも……あたしを殺しに来たの…かい?」
「……あんたを殺す必要があるのか?」
率直に疑問を返す鏡斎に、確かにと独りごちた。
このまま何もしなくても死ぬことは決定している。
では、単なる物見遊山か。
奴良組との鬼ごっこで、不利益な情報しか渡さなかった意趣返しか。
「趣味が…悪いネェ」
「あんたを助ける事がか?」
「…………」
予想外の言葉に、何も言えなくなった。
恨み言を言われるならまだ分かるが、助けるとは誰の事なのか。
返答も端から必要なかったのか、勝手に此方の腕をとり立ち上がらせてきた。
そのまま肩を貸し歩き出そうとする鏡斎。
いつまでも理解できずに止まっていると、不思議そうに視線を向けてきた。
「歩けよ、もうすぐ崩れるだろ」
「何の……真似だい?」
見れば重傷の体はどちらも同じだ。
リクオに負わされた刀傷は鏡斎の体から消えてはいない。
「……あんたの噺に、興味があるだけだ」
端的に返してきた鏡斎の言葉に、余計に理由が分からなくなった。
それでも、掴まれた腕は離されることは決して無さそうだった。
仕方なく鏡斎の肩に身を預けながら歩き出すことにした。
「まったく……おかしな噺だネェ」
こんな筈ではなかったと、苦笑しながら呟くしかなかった。
傑作にもなりはしない
何処までも、綺麗に纏まらない無様な噺だ。
end
(2013/03/04)