圓鏡

「お前さんは分からなかったのかい?」

〈山ン本〉から産まれた全員の居場所が分かるのは〈脳〉だけだと、その時まで思っていた。
目の前で不思議そうに訊き返す圓潮がいなければ、おそらく、ずっとそう思っていた。

「……あんた、全員の居場所分かるのかよ」
「てっきりあたしは全員が分かるものだと思ってたよ」
「普通、分からないだろ」
「あたしにとっては、分かるのが当たり前だったからネェ」


そうか分からなかったのかと、認識の違いを圓潮は一頻り納得するように頷いた。



「それなら、鏡斎。お前さんに随分と悪い事をしたよ」


悪い事をしたと言うわりに、さして悪びれた様子もなく相手は言った。


「もっとも、もうしないから安心しなさい」
「何に対して安心できるんだ、圓潮」

自己完結をして勝手に話を進めた相手は、意外そうな顔をした。
そんな相手に、再度確認を取った。


「オレに対して、何を、してたんだ?」


「知らない方がいいと思うけどネェ?」
「知らない方がよっぽど嫌な事もあるだろ」
「そうかい?」

とぼけた調子で話を逸らそうとする圓潮を睨めば、観念した様に少し黙ってから口を開いた。


「そうだネェ……例えば、お前さんが青蛙亭に来る道すがら人間に気を取られて足取りが止まりかけた途端に、あたしが声をかけたりしてた事とか」
「…………」
「又は、たまに自分の作品がいる場所へ行こうかとするたびに、あたしがお前さんの家に来てた事とかかネェ?」


その後も言葉を紡ぎ続ける圓潮は、今まで単なる偶然だと思ってきた事への不自然さを挙げていった。
一通り挙げ終り、いったん口を閉じた相手は心底不思議そうに問いかけてきた。


「あたしが、いくらでもお前さんの行動を制限できる状況にあった。なんて、知ってもいい事は何もなかっただろう?」


自分から聞いておいて知らなければよかった事を挙げるとするなら、今この瞬間だと思った。
偶然、偶々、そんな言葉で済ませていたもの全て――



「圓潮……あんた、悪趣味だったんだな」


無性に、笑いたくなった。
厄介な相手に好かれた。


ストーカー
そんなモノより、よっぽどたちが悪い。


end
(2012/11/21)
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