圓鏡

部屋から出てきた人物を見て、圓潮は問いかけた。


「全て忘れさせましたか」
「誰に向かって言ってるんじゃ? ワシの洗脳は完璧じゃぞ」

鬚を撫でる鏖地蔵は引き攣るような笑い声を上げながら言った。



「だがのう、圓潮。こうも頻繁に忘れさせて大丈夫かの?」
「逆ですよ、むしろ忘れさせた方がいいんです」

圓潮の言葉の意味を捕えかねた鏖地蔵は、鬚を撫でる手を止めた。
そんな鏖地蔵に説明するように圓潮は言葉を付け足した。


「都合がいいんですよ。鏡斎は一つのモノに執着したら他がおろそかになる」
「フェフェフェ! そうかそうか。まぁ、何にせよ産む役は大切だからのう」
「ええ、本当に」

また京都へと戻る鏖地蔵を見送り、圓潮は鏡斎へと視線を向けた。



「お前さんは、執着しない方がいい」


執着していたモノを忘れて、また絵だけを描けばいい。



「何も覚えてなくていいんだよ」


その方が組にとって都合がいい、そんなものは言い訳だった。
絵と自分以外に執着を見せる事が何よりも腹立たしい、ただそれだけの理由。
これぞ独占欲と言えるものだろう。


眠る鏡斎の傍らに座り、軽く相手の前髪を除けながら圓潮は笑いかけた。



隠蔽
「さて、今度はどれぐらい持つのかネェ?」


end
(2012/06/19)
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