圓鏡

宿部屋に戻ってきた圓潮は呆れたように嘆息した。
道具一式が広げられ、そこだけいつも通りの空間になりかけている。

「鏡斎、せっかくの旅も宿に篭ってたら意味がないだろう」
「……外に出たら出たで、また何か言うんだろ」

紙を交換しながら言う鏡斎に少し笑ってから圓潮は答えた。


「それはお前さんが悪い。外出したらフラフラと寄り道して帰ってこない事がざらだからネェ」
「外に出ていいのか宿に篭ってればいいのか、どっちかにしろよ」
「あたしの公演が終わった後ぐらいは一緒に外に出ようって言ってるんだよ」


筆を止め圓潮へと視線を向けた鏡斎は、相手をじっと眺めてから口を開いた。




「……あんた、意外とわがままだな」


此処で行く行かないの口論をした所で、口で敵う訳もなく。
筆を置いた鏡斎は周りにある紙を片付けはじめた。



「なぁ、圓潮。何でオレを連れて来たんだ」
「来るものがなくて詰まらなそうにしてたのは誰だい?」
「柳田サンに何も言わなくてよかったのか」
「断る理由もないだろう。あたしは地方公演に出かけて、それにお前さんと一緒に行った」

別段おかしな所もないだろうと言う圓潮に、鏡斎は眉を寄せた。


「……後で煩くても知らないぜ」
「あたしは組の子守役じゃないんだ。たまには静かな時間を過ごしても罰は当たらないよ」
「休むつもりなら普通に旅に出れば良いだろ」
「それはあたしに対して〈語るな〉と言ってるのに等しいね」

息をするより当たり前の要求を抑えるほど馬鹿らしいものはない。
鏡斎が旅先に道具一式を持ってきたように、例え休むつもりでいても語るのは予定に入る。



「圓潮、どこに行くつもりなんだ?」
「今は紫陽花が見ごろらしいからネェ。紫陽花寺にでも行った後、近くの甘味処にでも行こうか」


唐突に思い付いて旅に連れて来た割に、何故そう行く場所がスラスラと出てくるものか。
鏡斎が疑問の目を向けると、苦笑するように圓潮は答えた。



旅興行
「観光名所ぐらいは調べておくものだろう?」


end
(2012/05/28)
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