断片話
◆喪失者
(リク鏡)
長く続く訳がない。
そう思いながらも、今日も側近達を置いてきてしまった。
「こんにちは、鏡斎」
「……今日も、来てくれたのか」
「うん、日が暮れるまでしかいられないけどね」
無作法にも玄関を使わず、相手がいる部屋へと庭を通り直接来ることに慣れてしまった。
靴を脱ぎ、縁側へと登れば今日はまだ綺麗な方の部屋はすぐだった。
「今日も凄いね」
全て、相手が想像して描いた自分の姿は、多種多様だった。
横顔、正面、後ろ姿。
サッカーをしている所、学校の廊下を歩いている所、授業を受けている所。
学校の事は少し話しただけだったのに、まるで見てきたかのような正確さで描かれていた。
とても上手い絵だと思う。
それこそ、肩口から腰にかけての刀傷など、何の支障にもなってないかのように。
それでも相手は、これらの絵を納得がいかないと言う。
どれだけ描いても、どれだけ見ても、本質を掴めないと。
「傷は大丈夫なの?」
「ああ……膿んでもいないから大丈夫だろ」
自分で相手を殺そうとして付けた傷の心配をするなんて、滑稽だ。
そう分かっていても、つい訊いてしまう。
妖怪としての鏡斎は、いない。
今いるのは、妖怪でもなく、人としても生きる事の出来ない画師だ。
本当に、ただ描く事だけを考え続ける相手を、何処かで憐れんでいるのかもしれない。
普通ならば動けるはずがない体で平然と描き続ける。
食事や睡眠をとらなくても生き続けられている事を、疑問にすら思わない相手。
何一つとして知らない、覚えていない相手は、家から出ようとしない。
監視をしている訳でも、拘束している訳でもない。
それでも、この隔離されたような空間に居続ける。
外に興味が無いかのように、外など知らないかのように、家から出ない相手。
都合がいいと思ってしまった。
相手が多くの人を殺してきた事を知っているのに。
その事を覚えていない相手に、刀を向ける事ができなかったから。
外に出ず、家にずっと居続け絵を描いているだけならば、殺さなくてもいいと思えてしまったから。
「今日は、どんな事があった?」
「そうだね、今日は――」
いっそ、このままずっと、こんな日が続いて欲しいと願った。
(2015/04/05)
(リク鏡)
長く続く訳がない。
そう思いながらも、今日も側近達を置いてきてしまった。
「こんにちは、鏡斎」
「……今日も、来てくれたのか」
「うん、日が暮れるまでしかいられないけどね」
無作法にも玄関を使わず、相手がいる部屋へと庭を通り直接来ることに慣れてしまった。
靴を脱ぎ、縁側へと登れば今日はまだ綺麗な方の部屋はすぐだった。
「今日も凄いね」
全て、相手が想像して描いた自分の姿は、多種多様だった。
横顔、正面、後ろ姿。
サッカーをしている所、学校の廊下を歩いている所、授業を受けている所。
学校の事は少し話しただけだったのに、まるで見てきたかのような正確さで描かれていた。
とても上手い絵だと思う。
それこそ、肩口から腰にかけての刀傷など、何の支障にもなってないかのように。
それでも相手は、これらの絵を納得がいかないと言う。
どれだけ描いても、どれだけ見ても、本質を掴めないと。
「傷は大丈夫なの?」
「ああ……膿んでもいないから大丈夫だろ」
自分で相手を殺そうとして付けた傷の心配をするなんて、滑稽だ。
そう分かっていても、つい訊いてしまう。
妖怪としての鏡斎は、いない。
今いるのは、妖怪でもなく、人としても生きる事の出来ない画師だ。
本当に、ただ描く事だけを考え続ける相手を、何処かで憐れんでいるのかもしれない。
普通ならば動けるはずがない体で平然と描き続ける。
食事や睡眠をとらなくても生き続けられている事を、疑問にすら思わない相手。
何一つとして知らない、覚えていない相手は、家から出ようとしない。
監視をしている訳でも、拘束している訳でもない。
それでも、この隔離されたような空間に居続ける。
外に興味が無いかのように、外など知らないかのように、家から出ない相手。
都合がいいと思ってしまった。
相手が多くの人を殺してきた事を知っているのに。
その事を覚えていない相手に、刀を向ける事ができなかったから。
外に出ず、家にずっと居続け絵を描いているだけならば、殺さなくてもいいと思えてしまったから。
「今日は、どんな事があった?」
「そうだね、今日は――」
いっそ、このままずっと、こんな日が続いて欲しいと願った。
(2015/04/05)