圓鏡

「いい加減、住む家を変えたらどうだい? 鏡斎」
「いらねぇよ」

珠三郎や雷電なら喜んで了解する言葉を一蹴した鏡斎。
普段、絵以外の事は無頓着なくせに、どうしてこの事に関しては強情なものか。
無精にしても限度があるだろうにと圓潮は呆れた。


「お前さんはそればかりだネ」


隙間風も雨漏りも何とも思わないのかと訊いても、答えは同じだった。


「何か理由でもあるのかい?」
「あんたがくれた家だろ」
「……随分と昔の事を引っ張り出すもんだ」



いつの話だい、と苦笑しながら圓潮は鏡斎の答えを面白がった。

鏡斎が地上に出たのは百物語組が世に根付き始めた――地下に潜ってからは随分と経った頃だった。
その時にこの家を与えたのだが、今から考えればずっと昔の事だ。
与えた本人すら忘れかけていた事が理由とは思わなかった。


なんとも可愛らしい理由もあったものだと、圓潮は口元を綻ばせた。


忘れてたよ
「お前さんは律儀だネェ」


end
(2012/02/09)
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