圓鏡
――その妖は、狂画師と二つ名がございました。
画師に狂いとは、また何とも尋常じゃない。
まあ、妖なのですから、元からして尋常ではないものではございますが。
さて、その妖。
日がな一日、妖怪の絵ばかりを描く妖でございます。
人畜無害なように聞こえる特徴ではありますが、その妖が描く絵は全て――本物になる。
ひっそりとした郊外で、生ぬるい風にふと墨の香りが混ざってきたらお気を付け下さい。
近くで妖怪が産まれているかもしれませんので。
「面白い話だね」
パチパチと高らかに響く拍手。
ゆっくりと近づいてくる少年に、圓潮は視線を向けた。
「おや、聞いてたんですかい?」
「誰もいないのに語るなんて、言ってくれればいくらでも人を集めるよ?」
「必要ありませんよ。わざわざ集めなくとも、聞く人間はその内に集まりますから」
「ところで、さっきの話。百物語組の妖だよね?」
「……ええ、そうですネ」
「語るのはその妖に畏れを与えるため?」
「無理でしょうネェ、なにせ、もういない妖ですから」
「じゃあ、新しく産まれるの?」
何気なく訊く少年に、ふと笑ってから圓潮は呟いた。
「語ったところで、もう産まれる事はありませんよ」
とある妖の話
〈産む〉のはあたしの役じゃありませんからネェ。
end
(2012/01/03)
画師に狂いとは、また何とも尋常じゃない。
まあ、妖なのですから、元からして尋常ではないものではございますが。
さて、その妖。
日がな一日、妖怪の絵ばかりを描く妖でございます。
人畜無害なように聞こえる特徴ではありますが、その妖が描く絵は全て――本物になる。
ひっそりとした郊外で、生ぬるい風にふと墨の香りが混ざってきたらお気を付け下さい。
近くで妖怪が産まれているかもしれませんので。
「面白い話だね」
パチパチと高らかに響く拍手。
ゆっくりと近づいてくる少年に、圓潮は視線を向けた。
「おや、聞いてたんですかい?」
「誰もいないのに語るなんて、言ってくれればいくらでも人を集めるよ?」
「必要ありませんよ。わざわざ集めなくとも、聞く人間はその内に集まりますから」
「ところで、さっきの話。百物語組の妖だよね?」
「……ええ、そうですネ」
「語るのはその妖に畏れを与えるため?」
「無理でしょうネェ、なにせ、もういない妖ですから」
「じゃあ、新しく産まれるの?」
何気なく訊く少年に、ふと笑ってから圓潮は呟いた。
「語ったところで、もう産まれる事はありませんよ」
とある妖の話
〈産む〉のはあたしの役じゃありませんからネェ。
end
(2012/01/03)