断片話

◆地下にいた頃


〈山ン本さん〉の〈腕〉は、絵を描くことに関して天性の才能を〈山ン本〉様から受け継いでいた。
そしてとても、

「あんた、誰だ?」
「……〈山ン本さん〉の〈耳〉の柳田、哉」

――とても、絵以外に関して無関心だった。
何十回となく繰り返した言葉をめげずに言い返しても、生返事しか相手はしなかった。
口元が引き攣りそうになるのを何とか抑え、笑顔を浮かべて〈腕〉へと声をかけた。

「絵を貰って行ってもいい哉?」
「ああ、そこにあるのだけな。後、紙が無くなったから持ってきてくれ」
「僕は君の雑用になった覚えはない!」
「じゃあ、あんた何しに…」
「あんたじゃなくて、僕は柳田哉!」
「……柳田哉サン?」
「哉は必要ない哉!!」

何処まで人をおちょくる積もりなのかと憤怒をしたが、次の瞬間には相手は此方を全く認識していなかった。
すでに相手は紙に向かいひたすらに絵を描いていた。
生活力に欠ける〈腕〉の補助をしてくれと圓潮に頼まれはしたが、此処まで人を人として見ない相手にそこまでする必要があるのかと思った。



地下から出て青蛙亭に一直線に向かい苛立つ心を抑えながら、圓潮へと声をかけた。

「圓潮、〈山ン本〉様のご様子はどうなってるの哉?」
「ああ、柳田かい。〈脳〉なら心配しなくても少しずつ成長しているだろう?」
「……もっと、畏れを早く集める事はできないの哉」
「それは鏡斎しだいだろうネェ」

気分が乗らなければ妖は〈産まれない〉そう気楽に言う圓潮に、歯噛みしたい衝動に駆られた。
どこまでも自分が役立たずだと言う事実。
そして腹立たしいほどに〈山ン本〉様の事は無関心なくせに、なくてはならない人物がアレかと思うと悔しさしか浮かばなかった。



「もう少し柳田と仲良くできないのかい、鏡斎?」

唐突に訪問し質問した圓潮に、手を止めていた鏡斎は首を傾げた。

「……誰だそれ?」
「お前さん、そんなに柳田が嫌いかい?」
「柳田?」
「いつも絵を取りに来てただろう?」
「……ああ」
「全く頭の中で該当してない中で返事をするものじゃないよ、鏡斎」
「何で分かるんだ?」
「お前さんが絵以外の事に関しては物覚えが悪いことぐらいは分かるつもりだよ」

やれやれ、と首を振った圓潮は、まずどうやって鏡斎に柳田を認識させるかを検討し始めた。


(2012/10/28)
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