断片話

◆無力
(圓鏡)

「随分と遠い所へ逃げたもんだ」

何処かで見たような村を歩きながら圓潮は独り呟いた。
ひっそりと活気もなく人気もなく、廃墟と言ってもいい山間の集落。
そこに住むのはただ一人。
ようやく目当ての家を見つけ、口元に笑みが浮かんだ。
無防備に外に背を向け絵を〈描き〉続ける人物へと近づいた。

「何の用だ、圓潮」
「おや、気づいてたのかい」

人の悪い、ととぼけた様に言う圓潮へと筆を止めた鏡斎は振り返り見た。

「何しに来たんだ」
「少し逃げる為さ、長く〈語る〉為には時には撤退も必要だからネェ」
「……そうかよ」



「お前さんは、よくあの後生きて逃げられたもんだネェ?」
「柳田サンが助けてきた」
「ああ、あれは随分と〈山ン本さん〉の復活に執着してたからね」

それでよく手放したものだと圓潮は視線で問いかけた。

「利用価値がないと知ったら、すぐに出てったけどな」
「見る目がないもんだ」
「……事実だから仕方ない」

ようやくまともに描けるようになったのだと言う鏡斎は、描き途中だった絵に墨を塗りつけた。

「思い通りに線が描けない、頭の中にある物を現実に出来ない、オレは……オレを生かした柳田サンを呪う事も出来ない」

九相図を描きたかったのだと、墨を塗りつけた紙を握りつぶしながら鏡斎は呟いた。


(2012/10/07)
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