断片話

◆特別


錆びた大鋏。
返り血の付いた包帯。
軍服に外套、手袋、後は――

「……ようやく、戻ったな」

寸分違わない目の前の男を見上げ、鏡斎はようやく筆を止めた。
鏡斎の前に立つ男は、疑問の目で自身の体を見下ろした。

「何故、まだ〈小生〉がいるのでありマシょうか」
「今はまだ、怪人が必要だからな」

疲れ切った様子で返した鏡斎は筆を置き、億劫そうに立ち上がった。



「珍しいもんだ、いったい何日かけて戻したんだい?」

その間、何の妖怪も産んでいない事を訊く圓潮に、鏡斎は口を閉じた。

「あたしは戻せとは一言も言ってないけどネェ?」
「いい噺だろ、あいつは」
「それは否定しないよ」

だからと言って、一つの、それも畏れの奪い合いで一度敗れた作品を戻す理由にはならない。

「特別扱いは程々にしな、鏡斎」


(2012/07/10)
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