断片話

◆馬鹿と鋏
(雷+切)

心底会いたくない人物というのもたまにはいる。
今まさにその人物に会った男は知らずに眉間に皺を寄せた。
刺の付いた言葉を投げそうになる口をつぐみ、目の前の大柄な人物を見据えた。

「よう! お前も鏡斎の所に行くのか」

気さくに笑いかけ人懐こく近づいてくる、七幹部の一人雷電。
明る過ぎる雷電の挨拶に、思わず男は後ずさりたくなった。
近づいた雷電は男を見下ろし、少し考えてから相手の事を思い出した。

「たしか鏡斎と圓潮がいい出来の噺だって言ってた奴だろ?」
「はぁ、そう、でありマスか……」

そんな与り知らない所で言われた言葉が分かるわけがないだろ、と言いたくなりながら男は曖昧に相槌を打った。
もっとも、産みの親に褒められていたと知って嫌な気はしない。
それが例え、馬の合わない相手からの言葉でも。



「じゃあ、オレは先に行くぜ!」

むせ返ってもお構いなしかと毒突きながら、雷電が歩いて行った方向を苦々しく見た。

「馬鹿は嫌いでありマス……」

馬鹿な上に力の加減を知らない乱暴者でもある。
だのに何故、画師はその馬鹿の行動を許すのか。
バシバシと叩かれた背に手を当てながら、男は深くため息をついた。


(2012/06/15)
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