断片話

◆失踪


「圓潮師匠、鏡斎は何処へ行ったのでしょうか」
「さぁ、〈山ン本さん〉にでも聞けば分かるだろうけど、奴良組にいて暇な方じゃないからネェ」

不安そうに訊く柳田に対し、圓潮はさほど気にした様子もなく返した。

「やっぱり、ボクはもう少し探してみます」
「そうかい。まあ、その内に帰ってくるかもしれないから、気楽に探しなさい」

柳田を見送り、圓潮はため息を吐いた。
居場所なら、とうに分かっている。
それでも、その場所がら暫くは知らぬふりをしようと思っていたが、そうも言えない状況になってきた。

「そんなに不調だったのかい、鏡斎?」

いない人物に問いかけるように呟き、圓潮はもう一度ため息をついた。



「〈小生〉のもとに何故いていただけるのでしょうか?」
「気まぐれだろ」

邪魔だったかと問えば、男は否定をした。

「貴殿が望むのなら、いくらでも〈小生〉の細道にいて頂いて構いません」

妙に甲斐甲斐しく気遣う男に、こんな一面もあったのかと鏡斎は微笑した。
手から離れた作品を、間近で見ることはまれだった。
柳田を通してでしか、その後を知らず、知らされる事すらも稀だった。
男が社から出ていけば、また音のない空間が広がった。
白一色の紙を前に、暫く考えてから筆に墨を浸した。
来る来ないは関係なく、ただ機械的に墨を置き。
自分で描いておきながら、駄作だと笑いたくなる出来の絵に墨を塗り。
次の紙へと向かう事の、無意味さを問いたくなった。



「帰したくないと申しても、宜しいでありマシょうか」

いつの間にか後ろにいた男は、外套で覆うように抱きしめてきた。


(2011/12/26)
24/98ページ