柳鏡

「ストックホルム症候群って知ってるかしら?」



「……人の家に来て早々に何だい、珠三郎サン」
「サン付けなんて他人行儀じゃない。たまには会って話さないと、あなた兄弟でも忘れるでしょ?」
「さすがにそこまでオレは忘れっぽくない……はずだ」
「その間は気になるけど、まあそれは置いておいて。
 あなたと〈耳〉の関係ってストックホルム症候群に似てない?」
「長時間の監禁で被害者と加害者の間にできる連帯意識や恋愛感情が、か?」


言葉の意味をのべはしたが、当てはまる要素の無さに鏡斎は飽きれ気味に珠三郎を見た。


「違ったかしら?」
「……オレは柳田サンに監禁されてるかい?」


これほどまでに監視の目のない監禁もないだろうと言いたげに、鏡斎は言葉を返した。
行動も外出もすべて自由、これの何処が監禁だと。


「最近外に出たのは、いつ?」

「……一、いや二ヶ月……三ヶ月前だったか?」
「その間に、家に来たのは?」
「柳田サンだけのはずだ」
「それで監禁されてないは、説得力がないと思わない?」
「…………」



まだ納得がいかない顔をしながらも、若干の言いくるめられた感に鏡斎は口を噤んだ。
もっとも、珠三郎の方としてもこれを監禁とは言えはしないだろうと思ってはいる。
それゆえに、なお性質が悪いとも。


「……それで、仮にオレがストックホルム症候群だとして何かあるのかい」
「別に? 本人達に不都合がなければ構わないと思うわよ。
 ただ、〈耳〉の方は分かっていてやっているのか気になっただけ」
「なら、聞く相手が違うな。柳田サンに聞いてくれ」
「そうね、今度聞いてみようかしら?」



世間話
ついでの好奇心における探り。


end
(2020/01/02)
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