柳鏡

「柳田サン、ヤってもいいが此処は駄目だ」


失敗作や出来たばかりの作品が散乱する部屋の中。
鏡斎からの唐突な一言に、柳田は一瞬行動を止めた。
軽く驚きながら瞬きをし、少し考えてから理由に思い当たった。


「ああ、前の時に絵を下敷きにしたから哉?」
「おかげで絵が一つ駄目になった」
「元々駄目出しした絵だったろう? けど、鏡斎が言うなら移動するよ。残念だけど」
「何が残念なんだ」
「本当は、この部屋でするのが一番好きだから哉」


一番鏡斎の匂いがするから、と囁きかけてくる柳田を鏡斎は煩わしげに退けようとした。
ささやかな抵抗も楽しみの一つだと思っているのか、相手の行動にも柳田は軽く笑うだけだった。


「やっぱり、駄目哉?」
「……単に墨の匂いが充満してるだけの部屋だろ」
「それでも、君が一番長くいる部屋でもあるだろう?」



「畳に直で肌つけんのは痛い」
「ボクの羽織を下に敷けばいいよ」
「汚れても知らないぜ?」
「構わない哉。どうせ遠出をすればすぐに汚れるから」


問題なんて何処にもありはしないとばかりに次々と出てくる答え。
打てば響くように返ってくる言葉に、鏡斎は顔を顰めた。


「…………なあ、柳田サン」
「何哉? 鏡斎」
「あんた、移動する気なんかさらさら無かったんだろ」


なんのかんのと言いつつどう見ても移動しそうにない柳田に問えば、相手は笑みを深くするだけだった。



呆れるほど強情
「駄目哉?」
「……好きにしてくれ」


end
(2015/04/28)
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