柳鏡

ちょうど良い頃合に来るのが常なのか、筆が止まったと同時に後ろから問いかけられた。


「出来はどう哉、鏡斎」
「いや、いまいちだった」
「そう、良い出来に見えたんだけどね」

何処が悪いのかが分からないとばかりに首を傾げる相手。
それでも、いまいちだと言われた絵は持って行きはしない。

次の紙にでも取り掛かるかと、紙を取り替えようとした矢先。
後ろから手がまわってきた。


「……何をしてるんだい、柳田サン?」
「鏡斎があられもない姿でいたのがいけないから哉」

さも此方が悪いとばかりに言う相手。
あられもない姿と相手は言うが、此方はいたって普段と同じ服装だ。

普段と何が違うのか、と問いかければ、普段からそう思ってる、と答えてきた。
立てていた膝を撫で上げてくる相手に呆れながら振り返った。

「放してくれないと描けないぜ?」
「それは困ったね」


まったく困った様子のない相手はクスクスと声を立てて笑った。

そのまま強く引き寄せられ、咄嗟に畳に手をつくと、グシャリと嫌な音がした。
自分の手元を見ると描いたばかりの絵は無残にも皺が寄っていた。

「あ…………せっかく描いたのによ」
「さっき自分で駄目出しをしてたくせに?」

上品な笑い声、それから微かに鳴り響く鈴の音。
足を撫で上げてきた時と同じように、無遠慮に襟を割って入ってくる手。
明確な意味を籠めて触ってくる相手に、僅かに眉を寄せて口を開いた。

「柳田サン、あんたさぁ……」

続く言葉が面倒になり止めた。
何を言ってもかわされる様な気がした。


「どうしたの哉?」
「いや……なんでもない」


畳の上
せめて墨だけは零さないでくれ。



end
(2011/08/23)
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