小説

呼称設定

トール神
一人称
呂布からの呼び名

「あの世ってのは、人がいないのが普通か?」

早朝の霧がかった外にて、遠き北欧の天界へと好敵手である神が帰る間際。
前々からの疑問をぶつけた呂布は、いまさら過ぎる問いだとは百も承知の上だった。

死後にさらに死に蘇ったという訳の分からない状況で、用意された城に住み始め随分と経つが。
他者を見かけたことは一度たりとも無かった。

そも、人類と神によるあの戦いがあるまで、死後に生前と変わらずに存在すること自体が寝耳に水。
通常のあの世というものを知らないが故の問いだった。

門まで見送りに来ていた呂布の問いにトールは振り返り。
首を傾げ、問いの意味を考えるよう目をしばたかせた。

「……会いたい者でもいるのか?」
「そうではないが、気になっただけだ」
「この地に貴様が存在するのは特例だ、呂布よ」

特例故に、他者が存在することはない。
こともなげに答えを返してきた神に対し、そのようなものかと呂布は受け入れた。

一度、赤兎の背に乗り飽きるほど遠くへ駆けたこともあったが、途中で発見した建造物は全て無人。
人がいなければ家屋など荒れ放題になるのが常だが、全て手入れが行き届いた状態を保っていた。
それがあの世の通常であるとするならば、納得するほかない。

「そうか」
「寂しいのか?」
「あ?」

唐突に何を言い出すのかと目の前の神を睨むように呂布が見上げれば。
人間に睨まれた神は不要な心配であったとばかりに苦笑を零した後。
相手へと、愛おし気な視線を向けた。


「……別れが惜しいものだな」

人に寂しいかと問うておきながらよほど寂し気に呟く神に、今度は人の方が思わず笑った。

「楽しみにしていろ、次会う時を。お前のため鍛え待つ我を」
「そうか……そうだな、それは楽しみだ」


別れ際に抱きしめ、まじないのように口付けを落とす神の行動を。
いまだあまり慣れることのない中、人は黙って受け止めた。

別れが惜しいのは同じでもあった。
いつまでも、ただ互いのみが存在する時を楽しんでいたい。
だが、それでは己が飽きるのも早まりそうで怖くもある。
神が遠き北欧の天界へと戻ることを、どこかで人は安堵した。



日が高くなった頃、人と別れた神は慣れ親しんだ地を歩いていた。
いつも通り何一つとして代り映えのしない、神々のみが存在する地を。

「今から遠征にでも行くの? 仕事熱心だね」
「…………」

神出鬼没さが常のロキがからかうように声をかけてきたことを。
トールは視線を向けただけで終わらせた。

「もう少し休んでも別にオジ様も何も言わないと思うけどな~」

それでも休暇を自主的にとるようになっただけましとも言えるか。
始終つまらなさそうに巨人を壊し続けていた前と比べれば、まだましだと。
休暇を終えて外へ出てきたトールを眺め、世間話を続けるようにロキは言葉を続けた。


「そういえば、少し前にワルキューレちゃん達が戦士の魂が足りないとかで探し回ってた事があったけど」

通常の務めすら中断して探し続ける戦乙女に対しオーディンが苦言をていし。
元々は宇宙の塵と化した魂だったのもあり途中で捜索は打ち切られたらしいが。
一番その魂の行方を気にかけてもおかしくない神は、静観の態度を崩さなかった。


「その後からだったっけ? つまらない顔じゃなくなったのって」


始めは気のせいかと思い、流しそうになったほどの些細な変化。
それを裏付けたのは普段は魂の管理に厳格なオーディンが捜索を止めさせたこと。
無駄な捜索を止めろと、ただ一言で終わらせたのは何故だったのか。

仮に、所持している者をオーディンが知っていたとするなら、全ての話は通る。

北欧の地より一歩たりとも出ていないはずの、異なる文化圏の残り香を纏う相手へ。
祝福をするかのようにロキは笑みを向けた。



箱庭療法
「楽しみを見つけられて、よかったね」


end
(2021/05/20)
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