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「ズミさん。今日は大事な報告があります」
「バトルシャトーにて、グランデュークの称号を得た事ですか?」
「ズミさんは情報が早いですね」

驚かそうと思ったんですけど、ザクロは苦笑するように言った。

「それから、あと一つ報告が」
「他に何か?」
「はい。――水門の間の壁と、僕は結婚します!」

唐突に鳴り響く、ウエディングベル。
カロスチャンピオンが誕生した際のパレードのように舞い落ちる紙吹雪。
嬉しそうに結婚報告をしたザクロは、水門の間の壁へと走り出した。

「待ちなさい! この痴れ者が!!」



手を勢いよくザクロへと伸ばせば、視界の先は見慣れた天井だった。
一拍置いて、今までの光景は夢だったことを知った。
そのまま手を額へと当て、今しがた見た悪夢を思い出し、呻いた。

「……最悪の目覚めだ」

何故よりにもよって壁と結婚するザクロの夢を見たのか。
この前、あまりにも熱く壁への愛を語るザクロへとキレた代償なのか。
それにしても、酷い夢だった。

先ほどまでの悪夢を振りきるように起き上がり、身支度を済ませ。
夢の中で忌々しくもザクロの結婚相手になっていた水門の間へと向かった。


「壁と結婚? 同性同士の結婚の方がまだ許せる!」

勿論、ザクロの相手の男が自分でなければソレはソレで悪夢ではあるが。
百歩譲って、壁よりはましだ。

「水門の間の壁を壊すべきか? いや、そうなるとザクロがここへ来なくなる可能性がある。くそ! 何故このズミが壁と張り合わなければいけない!!」

世界中のどこを見渡しても、おそらく壁と張り合わなければいけない人間は皆無だろう。
壁を殴りたい衝動に駆られたが、料理人としての理性がそれを押し止めた。
その後、壁に全て水を流し登れなくするか、いっそ全面をガラス張りにするか、壁を睨みつけながら考えていると、ふいに部屋の仕掛けが動き出した。


「いつ来てもここの壁は素晴らしいですね、ズミさん」

振り返れば、こちらに向かってくるザクロがいた。


「壁を登りに来たんですか?」
「はい。壁が僕を誘うんです。いけない壁ですよね。バトルシャトーの壁もたおやかで素晴らしいですが、ズミさんの水門の間の壁はもっと気品にあふれ手触りも最高で何度会いに来ても足りないぐらいです」

滑らかに言葉を紡ぐザクロは、さっそくと言った調子で壁へと向かった。
その背を眺め、今朝の悪夢を思い出し無性に苛立った。
壁を登ろうとするザクロの後ろから手を掴まえ、こちらへと向かせた。

「……あの、ズミさん? 登れないんですが」

放していただけませんか、と困り顔で願い出るザクロを無視し。
逃がさないよう、相手の顔の横の壁へと空いている方の手をついた。

「ザクロ。水門の間の壁と、このズミ、どちらを取りますか?」
「えっ?」
「答えなければ、このままです」
「このまま? ずっとですか?」
「逃げる事は許しません。それが嫌なら」
「ズミさんと壁に挟まれた状況が続くなんて、それはそれですごく嬉しいですね」
「…………」

予想の斜め上の反応が返ってきた。
いや、そもそも壁と人のどちらを取るかの質問からして変だったが。
目を輝かせるザクロは、明らかにこの状況を喜んでいる。

敗北。
そんな言葉が頭に浮かんだが、人として壁に負けたとは思いたくはない。
少なくとも、壁に押し付けられる事が嬉しいとは言われていない。
あくまで『ズミと壁に挟まれた状況が』と言っていた。
つまり、同列には近いが、まだ壁には負けていない。

「…………この状況は、貴方にとっては嬉しいですか? ザクロ」
「はい。とても」
「そうですか」
「ズミさん?」


ザクロが壁を好きならば、壁を見るたび思い出すようその身に刻めばいい。
壁と同列扱いも、壁に敗北する事も、人として許せるものではない。
口の端を緩く上げ、壁へとついていた手を相手の頬へと添えた。


「ならば、このズミが、もっと堪能させてあげましょう」


end
(2014/03/23)
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