ヘルズキッチン

「ははっ、すまないね」

血を口から垂れ流しながら面白おかしそうに言ってんじゃねぇよ。
背中にぴったりと張り付く相手を睨もうとして、軽くめまいがしてやめた。

空気のまずさに腹の底から力が出ねぇ。
地を這う屍の方がまだましだと思える。
病人が病人を介護してる錯覚すらしてきやがる。

お供はどうしたんだと、農学部の近くで転がってたこいつに話しかけたのが悪かった。
たまには一人で散歩でもしようと思ったんだ、と地面に倒れこみながら言い。
応用生物学部へと連れて行ってくれないかとのたまう相手を、軽い気持ちで背負ったのが間違いだった。


「くうき……くうきがマズイィ」


コンクリートだらけの地面。
高濃度の薬品臭が漂う空気。
吐き気がしそうなほど不快だった。

「君は本当に農学部を出ると弱くなるね」
「そんな俺より貧弱なお前は何なんだよ」
「そんな青白い顔を見るのは忍びなく感じるから、此処で下してくれて構わない」

どっちが青白いんだよと、不健康の代名詞に見える相手の言葉に、さっさと下した。


「大丈夫なのかよ」
「心配はいらない。すぐに生徒達が気付くさ」

宣言通り、周りから熱狂的信者のような生徒達がわき出てきた。
生徒達の声援を受けながら、颯爽と階段を上り始める相手。
今度はほっぽらかすからな、と心に決めながら睨みため息をついた。


一歩、二歩、三歩。

優雅とすら言える相手の背を眺め、もう用はねぇなと帽子を深くかぶった、その時だった。
周りから生徒達が息を呑む声が聞こえ、何かが転がり落ちてきた。


「ぶっ!?」


落ちてきた白い物体を受け止め、その衝撃で忘れていたことを思い出した。
こいつ、12段目までしか階段上がれなかったんだよと。



13段目
「後ろに向かって倒れるんじゃねぇよ!!」
「ああ、次からは気を付ける」


end
(2012/03/03)
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