逢魔ヶ刻動物園

室内に入って来た人物を見て、伊佐奈は珍しそうに訊いた。

「何か用か、兎男?」
「椎名、じゃ。ヘルメットマン」
「お前もまともに俺の名前を呼ばない、なら、俺がどうお前を呼ぼうと、お互い様だろ?」

苦笑して反論を述べる伊佐奈。
単刀直入に用件だけを話せ、と言わないので暇なのかと思えば、手には書類があった。

「まだ仕事中じゃったか?」
「いや、お前が来る前に確認は終わった」

ぞんざいな手つきで床へと書類を放った伊佐奈は椎名を見上げた。
椎名の目が落ちた書類へと向けられるのを眺め、可笑しそうに訊いた。

「意外そうな顔だな?」
「知名度と来客数だけが生きがいじゃと思ってた」
「皮肉か?」


いつまでも立っている椎名に座るよう勧めた伊佐奈は、来客用の持て成しを持ってくるようサカマタを呼び出し言い付けた。

「で、何の用なんだ? 面白い事しかしたくない兎男にしては珍しい行動だ」
「名前を呼ばんか、ヘルメットマン」
「だったら、そっちも名前で呼べ」

平行線の言い合いになりそうな会話を打ち切ったのは椎名からだった。

「……話が全く進まないじゃろ。伊佐奈」
「ようやく人の名前をまともに言ったな、椎名」

自分から相手をまともに呼ばない事は横に置き、伊佐奈は問い掛けるように椎名を促した。
そろそろ本題に入ろうか、と言いたげな伊佐奈を前に、一考した後、椎名は口を開いた。


「最近、おまえの事が頭から離れないんじゃ」
「はあ?」
「ワシに何かしたのか、伊佐奈?」

堂々と高圧的なまでの態度で訊いてくる椎名に対し、伊佐奈は直ぐに二の句が継げなかった。

「俺が、お前に?」
「違わないじゃろ? 何をしたかハッキリと言え」

何もしていない、した覚えもない……
見当違いも良いところだ、と言い放ち帰らせる事も出来たが、それは思い止まった。

「……椎名。俺の事が頭から離れない理由を聞くためだけに、今日は来たのか?」
「当たり前じゃ。寝ても覚めても離れないのは迷惑じゃ」
「寝ても、覚めても……か」

その言い方は、とあるものを患うと出る症状ではある。
しかし、そうだとしたら……その答えで合っているとしたら……


「解らんのか? おまえに訊けば答えが解ると蒼井華が言ったんじゃが」


それはきっと、あの少女も焦りながら言ったのだろう。
何しろ無自覚で、それでいてあまりにも明白な想いの羅列だ。
動揺しない方が可笑しい。

もっとも、その答えを、想いを向けられている本人に直接訊けと言うのは、酷だった。

「おまえでも解らないんじゃな」

嘆息しながら言った椎名は、期待外れじゃった、と言い残し部屋を出て行った。
扉が閉まる音を聞いた後、伊佐奈は何とも言えない表情で呟いた。



疑問混じりの質問
それは告白と同じだろ……


「……普通はもう少し自覚してから言うものじゃないか?」


end
(2010/10/28)
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