逢魔ヶ刻動物園

イルカショーまでまだ時間がある事を確認しながら、女性は水槽を眺めていた。
ショーの間は閉鎖をしてしまうエリアなので、気の早い他の客はすでに会場へと行ってしまった。
会場へと行く時少し混雑はするが、もう少しだけ、と思いながら女性は水槽を眺めた。

楽しみながら眺めていた水槽の端で、女性は不思議な人物を見た。
顔が見えないほど深く帽子を被り、それほど寒くはない館内でマフラーをしている人物。
不審者を絵に描いたような出で立ち。

一瞬、女性はどうするべきか悩んだ。
他人の服装をとやかく言う権利などあるわけがない。
けれど、長身の人物は怪しいとしか言えない。
警備員に言うべきかと思ったが、ただ服装が奇抜なだけで怪しいと言うのは失礼極まりない。

迷いながら女性が横目で不思議な人物を見ていると、何処からか人が来た。
その人物も横目で見ていた人物と同じほどに怪しかった。
スーツの上に不思議な質感の上着を着て、顔の半分以上を覆うほどの仮面を被っていた。

仮面を被った人物は呆れたように帽子を被った人物へと近づいて行った。


「わざわざ客として入ってくるな。迎えづらいだろ」
「ワシの勝手じゃ」


小さく聞こえる声に、仮面を被った人物は館内の関係者だと言うことが分かった。
スタッフとも言えない服装から、もしかしたら水族館を運営している人なのかと女性は思った。

その後も会話をする不思議な人物達。
会話の内容はあまり聞こえて来ないが、女性はその人物達をこっそり眺めた。


その二人は数回会話を交わしあった後歩き出した。
帽子を被った人物は、どこか先を急ぐように歩いていた。

不思議な人物達が歩いて行くのを眺めていた女性は、イルカショーの事を思い出した。
もうすぐ時間かと時計を確認しようとして、止めた。

歩いて行く人物の帽子が軽く風に浮されたのを見たからだった。
帽子の隙間から、妙な形の長い髭と動物のような白い毛が出ていた。
もっとも、仮面を被った人物が隣からそっと帽子を直したので、それはすぐに見えなくなった。

呆気にとられながら二人が歩いて行った方向を凝視していると、館内放送でイルカショーのおしらせが流れてきた。
ビクリとしながら女性は視線を外し、館内放送にしたがってエリアを後にした。



end?


「(まだ客がいたか……)」
「何じゃ、伊佐奈?」
「いや、帽子が飛びそうに見えた」
「変な所を気にするんじゃな」
「そうか? ……それより、早く行かないとショーが始まるぞ?」
「そうじゃった! 脱兎のごとく早く行くんじゃ!!」


end
(2011/01/29)
字書きさんに書き方で10題
4.普段と違うジャンルで書く
配布元:TOY
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