逢魔ヶ刻動物園

静まり返った館内にゆっくりとした足音が響いた。
客が引いた真夜中の館内を歩く人物は、薄暗い廊下を迷いなく進む。

暫く進んだ後、淀みなく進む足が、一瞬の間を置いて止まった。
視線の先にある水槽を眺め、ガラスへと手をついた。
透明な板と、低温の水を挟み中にいる色とりどりの魚。

足を止めた人物はその水槽を眺めた。
正確に言えば、水槽を眺めている人物の目は、色とりどりの魚も、計算されたように照らす光も映ってはいなかった。
薄暗い照明に反射した自分の姿を見ていた。


人の体に限りなく近い姿、その中で異様な存在を持つ仮面。


全てを失った原因。
仮面の下にある忌まわしい部分。
人を集め、知名度を上げようと戻らないたった一つの場所。


水槽に映るその部分をガラスについた手で隠し、苛立たしげに手に力を籠めた。


そんな事をしても何一つとして事柄は変わらない。
手を外せば、また元通りに映る。
そう知りながらも指が白くなるほどに力を籠め、やがて力を弱め手を離した。

水槽へと一瞥もくれず、立ち止まっていた人物はまた歩き出した。


静まり返った館内。
見回せば目に鮮やかな魚が泳ぎまわる水槽。
歩く人物は、本人さえも気付かない奥底で、何かを希った。


end
(2011/01/25)
字書きさんに書き方で10題
1.台詞のない小説を書く
配布元:TOY
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