桔ザク

「……誰だバーロー」
「ハハン……貴方と言う人は……」

顔を俯けた桔梗が呟くと、サラリと髪が前へと垂れた。

「いッ!? いへーはろっ、はーろぉ!!」
「私のことを、髪型だけで判断しているのですか?」

冷静に睨みながらザクロの頬をつねる桔梗は、口元に笑みを浮かべながら地を這う様な低音で訊いた。

「うー……バーロぉ、冗談言っただけだろ」
「冗談に聞こえませんでした、特に貴方の呆けた顔で言われると」

頬を擦りながら苦情を言うザクロに、本気で誰だと問われた桔梗は怒りを収める気は無かった。

「つーか、珍しいことする方がわりーだろ」
「ハハン、たまたま暑かったので髪をまとめ直しただけです。そのことで、まさか貴方に誰だと言われるとは思いませんでしたが」

相当に怒っている桔梗に、顔を顰めたザクロは自分の失言を呪った。

「……しっかし、本当に珍しいだろバーロー」
「そうですか?」

不機嫌さは直らないまま無言で読書をしている桔梗を見ながら呟けば、素っ気無いながらも言葉を返してきた。

「いつもはもっと上だったろ」
「ええ、違いを気付いていただいてとても嬉しいですね」

やけに皮肉を込めて言ってくる桔梗。
その微笑が言葉を続かせようとしなかった。

しかし、此処で引き下がってしまうと余計に険悪な空気が続いてしまう。
何か言って紛らわせなければと思うが、考えあぐねて何も言えなかった。

「ハハン……貴方の前で髪型をあまり変えなかった私もいけなかったのでしょうね」

憂い気に呟かれた言葉は、グサリと胸に突き刺さった。
まるで、責任は双方にあったとばかりに言う様に、言い知れぬ罪悪感を感じた。

「桔梗っ……」

何か、何か言わなければいけない、そんな強迫観念に襲われながら、何も言えず、ただ名前を呟いただけだった。

「貴方の前では、いつも上で纏める他は解いているところだけしか見せていませんでしたね」

痛い……何故かズキズキと胸の辺りが痛くなった。
桔梗の言葉の一つ一つがやけに良心の呵責にさいなまれる。

「ザクロ、私を髪型だけで判断していると言うことは、もちろんありませんね?」
「あ、当たり前だろ」

わざわざ、もちろん、と言っているあたりに、まだ怒りは続いているのだと理解し。
肝を冷やしながら即答するしかなかった。

「では、次からは、気付かなかった時や間違えた時は、私の言うことを聞いていただけますか?」
「おう、いいぜバーロ…………お?」

今……何かとんでもない事を承諾したような気が……

「ハハン、では楽しみですね」
「おい、桔梗ッ……今……」
「ザクロ……気付かないはずは、ありませんね?」



些細な違い
気付かなければ死活問題


end
(2010/06/02)
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