その他

甘い匂いを嗅ぎつけて、いつの間にか現れるのは心臓に悪いと切実に思った。


「ザクロ君、僕にもちょうだい」
「白蘭様……たしかミルフィオーレの方にいないとまずいんじゃ?」
「お腹すいちゃったんだ」

満面の笑みで事も無げに言う主に、焼きたてのブラウニーを切ろうとしていた手を止め、コーヒーを淹れることにした。


「ザクロ君が作ってくれたのって、おいしいよねー」

切られていないブラウニーにフォークをつきたてパクパクと口に運ぶ様子に、
また作りなおしか、といくら小さめとはいえ1ホール食べつくしそうな勢いを見ながら思った。

「あいつが聞いたら怒りますよ?」
「んー、桔梗チャンのも美味しいんだけどね、なんて言うか本当の職人が作ったって感じがするんだよね」
「神経質な感じですか?」

どちらかと言えば、桔梗が作るものは繊細な味のほうが似合う、と大雑把過ぎるほど適当に自分が作ったブラウニーを眺め考えた。

「そうだねー、桔梗チャンのは儚いぐらい繊細な味だね」
「どーせこっちは繊細さの欠片もありませんよ。そろそろ食べるの止めてもらえませんか?」
「ごめんごめん、別にザクロ君のをけなしたわけじゃないよ?」

それに、これは僕のだし、と自分の方に引き寄せながら独り占めするように、また食べ始めた。

「白蘭様……何もわざわざこんなもん食いに来なくても、あんたなら幾らでも有名店の菓子を頼めるはずじゃないんですか?」
「ザクロ君、それを言うのは野暮じゃないかな?」

最後の一口まで食べきってから、さとす様に笑いかけてきた。


「君が作ったのを、誰にもあげたくなかっただけだよ」
「……あいつらの分、今から作り直すんですけど」
「ブルーベルやデイジーのために? ダーメ、ザクロ君は僕以外のためにお菓子作っちゃダメなんだよ」

満面の笑みを湛えてるくせに、真剣な目で見つめてくるのは卑怯だろ、と逆らえないお願いをされて、ため息をついた。



拒否権のないお願い
「……わかりましたよ、白蘭様」


end
(2010/05/23)
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