かむあぶ

「阿伏兎、どうしたの?」
「ん? ……いや、空調が利かんらしくてなぁ、暑くて髪でも束ねるかと思っただけだ」

さらさらと書類にペンを走らせながら神威の指し示さんとする答えを返した阿伏兎。
珍しくも髪型が変わっていると言う状況に、神威はジロジロと眺めてから呟いた。

「そのわりには、あんまり変わらない気がするけど」

片腕で四苦八苦しながら束ねられた髪は、首元を涼しくはしない低い位置で留まっていた。
どうせなら、もっと上で留めれば良いのにと言いたげな神威に、渋い顔で阿伏兎は返した。

「あいにくと、これ以上は片腕ではきついものでしてねぇ」
「じゃあ、俺が束ねてあげるよ。櫛ある?」

書類に走らせていたペンを滑らせなかったのは奇跡に近かった。
すわ、天変地異の前触れかと思っていると、四苦八苦しながら束ねた髪は、あっさりと解かれた。


「どうかしたの、阿伏兎?」

引き出しの中にあった櫛を探り当てた神威は、ギョッとした顔で見てくる阿伏兎を不思議そうに見返した。

「……あんたの優しさはたちが悪いですからねぇ」
「そんな事ないだろ?」

さすが自分の髪が長いだけあり、手馴れた様子でくすんだ色の髪をまとめあげた神威は、荒れ放題のその髪に櫛をあてた。

「阿伏兎も、たまには自分の髪の手入れでもしたら? 枝毛でいっぱいになるよ?」
「毛先なんか傷んだら切ればいい話だろ」
「帯に短し襷に長し、阿伏兎の髪って高い位置に結ぶには短いけど、流しっぱなしにするには長いよね」
「そうですかい……」

櫛の通りがよくなったところを見計らい、神威は、ポニーテールよりは低い位置で阿伏兎の髪をまとめゴムで留めた。

「ほら、これで少しは鬱陶しいの無くなっただろ?」
「はいはい、優しい団長様を持って、幸せですよ」

首元の風通りがよくなった事を確かめてから、片腕になったのも、意外と悪くないと少しだけ思ってしまった。



留めどころを確かめる
「あー……団長、すみませんが何で留めましたか、これ」
「何って、輪ゴムだけど?」


end
(2010/06/08)
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