かむあぶ

「あ、綺麗好き過ぎる奴だ」

神威が下を眺めながら言った一言につられ視線を下へと向けると、確かに綺麗好きで有名な者がいた。

「確か……転生郷販売の末端支部を務める陀絡とか言ったか?」
「へー、物知りだね阿伏兎」
「いちおう、有名どころは知ってないといけませんからねぇ」

何も考えてないあんたと違って、と皮肉気に言うが、神威は下を眺めたままだった。

「団長?」
「本当、綺麗好きだよねー」

ニコニコと傍から見れば上機嫌そうな笑顔を浮かべる神威だが、その実あまり快く思ってはいないことが伝わってきた。

「アレが何か気に障ったんですか?」
「綺麗好き過ぎて、いけ好かないよね」
「……まぁ、いけ好かないのは確かですが」

潔癖症のように血が付くと手を必要以上に洗い。
少しでも服が汚れていたり埃が付いていれば、これ見よがしに顔を顰めながら注意したり埃を取る。
綺麗好きで有名たる所以は、半分はやっかみも籠めてだった。

「本当、綺麗好きもあそこまでいくと、いけ好かなくて殺したくなっちゃうね」

爽やかな笑みでとんでもない事を言う神威に、口元を引きつらせながら阿伏兎は口を開いた。

「あんたの場合……泥だらけと言うか、血だらけの手で触ったからだろ」
「細かいこと気にするなよ、いきなり不快そうな顔をされたんだよ?」

その場で殺さなかっただけ偉いだろ、と誇らしげに言う神威を前に、阿伏兎は頭痛を覚えた。

「末端とは言え、春雨収益に関わる奴には少しは遠慮しろ。あんたの方が、遥かに地位が上なんだ、たかが少し度が過ぎた綺麗好きぐらい笑って流せ。一々条件反射の様な行動を咎められてたら、相手さんストレスでぶっ倒れますぜ?」
「うるさいなー阿伏兎は。分かったよ、弱い奴に興味はないし、口先だけの奴ってすぐいなくなるから、どうでもいいと思うことにするよ」

でも今度不快そうな顔されたら殺しても良い、と聞くように笑みを向ける神威に、
それじゃ、どうでもいいと思ってないだろと、天を仰ぎたくなった。


「そう言えば、転生郷って何で売れるんだろうね?」
「はぁ? ……それは、まぁ……バカが多いって事だろ」

唐突に話を変えた神威に、あいまいな返答をした阿伏兎は、それでも、そのバカのお蔭で春雨の収益の大半が賄われているが、と続けた。

「ふ~ん、バカが多いからか……じゃあ、春雨で転生郷をやってる奴っているのかな?」
「密売人は手を出さないのが常識だ、手を出すのは密売人気取りの素人さんだけだろうよ」
「そう、どんな感じになるのか、やってるのがいれば聞いてみたかったのになー」
「あんたなら、面白がって手を出しそうなもんですがねぇ?」

自分でやると言う発想が無い事に、好奇心なら少なからずある神威にしては珍しい事だと思って訊いてしまった。

「だって、健全な魂あってこその肉体だよ?」
「ほー、俺との関係は不健全じゃないんですかい?」
「それは、ほら、命短し恋せよ夜兎って言うだろ」
「だいぶ違う気がしますけどねぇ」

アホな話してないで、そろそろ飯でも食いに行きますか、と下を通っていた陀絡がいなくなった事を確認してから切り出した。



何の話だっけ?
「そう言えば阿伏兎ー、話の始まりって何だったっけ?」
「……さぁ、何でしたかねぇ」


end
(2010/06/07)
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